決戦⑦
初夏の日差しは傾いて、常であれば涼しさが滑り込んでくる時間帯だが、クシャは汗にまみれていた。地面は黒く焦げ上がり、周囲の草木もいくらか延焼した。そして運ばれていく死傷者の姿。ガランという男一人を止めるための結果がこれだ。
「片付きましたか」
「ストラトスか」
眼前の地面は平らに均されているが、その下にはガランの体が埋葬されている。ガランは頭を焼かれて止まったが、不死身を超えた肉体はなおも生命活動を続けていた。彼自身も最後は動く死体となったのは皮肉だが、誰も笑う気にはなれなかった。
結局、ガランの丸太のように膨れた首は誰も斬り落とせず、ダリウスはただ埋めるよう命じたのだった。
「また蘇ってきたりしないでしょうね?」
「さすがに、このまま朽ち果てるだろう」
それで一連の戦いは終わりに向かうだろう。ひとまずは。
ダリウスたちはもうこの場にいない。この混沌とした戦争を終わらせるべく、いち早く動いていた。ガランの持ち物、剣や鎧、衣服の一部などを毟れるだけ毟ると、各戦場に持ち込ませた。それを印に敵へ降伏を呼びかけるのだ。
今頃前線では帝国兵がガランの死を叫び続けているだろう。当の首脳陣すらガランの死を未だ信じきれない心情なのに。
「ストラトス、捕虜たちを落ち着ける場所に移送してくれ」
「あいつらの面倒も参謀殿が見るので?」
「そう言ってしまったからな」
「御苦労なことで」
ガラン直属の奴隷兵たちは、同胞のヤムルたちと共に軍門に降った。今後の処遇はダリウスが計らってくれるだろうが、いずれにしろ不死身となってしまった身体と共に生きていかねばならない。
――不死身の身体。敵に回してみて恐ろしい能力であったが、最後に見せた異常なまでの力。あれこそ秘術の真価だったのだろうか。スキティア王国でも<呪われし民>の導師を見た。彼の地で使われる秘術にもさらに先があるのか……。
(また悪い癖だな)
視線を巡らすとマフターブがまだ座り込んでいた。騎兵を率いる彼女だが、ガランとの戦いで少なからぬ消耗をしたため休んでいる。
「落ち着いたかい?」
「……この手に陛下の御手が触れられた……」
「まだダメそうだな」
放っておいて己の思索にふけることにする。これで戦いは終わるだろう。その先はどうか。マグーロが帝国に心を寄せている以上、自治領との関係は改善できるはずだ。その辺りはダリウスが務めるとして、自分には何ができるか。
己の立てた策でガランは倒せたが、何故か誇る気にはなれなかった。奴隷兵たちを切り離したことも、相手の心理に付け入ったようで小賢しい気がする。クシャがダリウスの側で成したいこととは、もう少し違うものだったはずだが。それはダリウス自身も同様だろうか。
(ククルは無事でいるかな……)
砂漠へ向かわせた少女のことも気がかりである。ナヴィドを信頼しているが、思えば危険に晒してしまったものだ。あるいはクシャより魔術師として活躍しているかもしれないが、色々と配慮せねばなるまいと思う。
何にせよ再会してからだ。この戦争に関わった多くの人々が皆無事であることを願い、クシャは埋葬地を後にした。
***
自治領の傭兵が右へ左へ慌ただしく走る。ガランの本陣は主の訃報が伝わると、攻撃に出ていた軍を一旦後退させ状況確認に務めた。だが気配というものは伝わるようで、詳細が分かる前から逃げ出す部隊が出始めている。
雇われ傭兵の性、というだけで済むことでもない。ガランの行った数々の所業、背信に帝国がどのような報復をしてくるか、恐れるのも無理からぬことだ。
そうしてガランが勢いで集めた軍勢は勢い良く四散しようとしていた。武器を投げ出した彼らだが、自治領が受け入れてくれるかも定かでなく、先行きは苦しい。
そんな事情をターラは知らないし、どうでもよかった。混乱に紛れて陣地内に入ったが兵士たちは我が身が優先で、見慣れぬ闖入者を咎めるどころでなかった。
本営の場所は兵の密度と幕舎の規模で分かる。その付近に隔離したような区画があるのをターラは見落とさなかった。
見張りの兵はいない。無人にも思えるが、幾重にも重ねられた陣幕から魔力の残滓を感じる。大陸の裏で暗躍する者たちが纏う特有の魔力だ。慎重に近づき、人目が切れるのを見計らって侵入した。
……姿は無い。何か術を行使していた痕跡はあるが、目ぼしい遺留品等は無い。他の幕舎からは魔力が感じられないため探すだけ無駄だろう。
(……見切りが早い)
彼らは野望と才覚に長けた者に忍び寄る。選ばれたガランとかいう男は随分と野放図的だったが、おそらく選んだ側も予想外の結果だったろう。
(……また後を追わなければいけないな)
他国にもその影は見られるが近づくのは難しそうだった。ようやく尻尾を掴んでも霧のように消えてしまう。
やり方を変えるべきかもしれない。存在は確認できたことであるし、一度帰還するのも選択肢か。暗く沈んできた東の空に視線を投げかける。
大陸に争いの火が灯り、そして消えた。それは珍しいことでもなく、また絶えるものでもない。はるか昔から続く人間の営みの、ほんの一部である。




