決戦⑥
ガランは死なず。帝国軍の張った罠の中でガランはもがき、孤軍奮闘の末に首を打たれた。――はずだったが。
「これが秘術の行き着く先だと言うのか?」
猛将マフターブが打ち震える。今やガランは筋肉が岩石のように盛り上がり、以前より一回りも二回りも大きくなったようである。肌は土苔た色になり人相まで変わってしまった。まるで御伽噺に出てくる化け物のようだ。
「弓だ!」
ゴバードが冷静さをギリギリで保ち、兵士たちに殊更大声で命令を出す。そうして放たれた矢はガランに通じない。肉も皮も硬くなったようで矢が尽く弾かれる。
ならばと槍が投げ込まれたが、これもやはり通じない。ガランは身を守る素振りも見せず立ったまま弾き返す。
「化け物……!」
帝国兵が青ざめるのに反してガランは静かだった。この異様な変化に彼自身が驚いているような。確かめるように手を開閉し、身体を巡らし、そして動き出した。
「――ッ」
走った。それだけで大地が揺らぎ、暴風となった剛腕が兵士数人を吹き飛ばす。地面を転がった兵士はその時点で血肉の塊と化していた。
「ひぃぃっ!」
もう兵士たちは腰が引けてしまい、今にも逃げ出しそうである。そうなればこの場の戦線は崩壊し、ガランは大王を追うだろう。
(だが、どう戦えばいい?)
マフターブにゴバード、ロスタムも打つ手が無く、ただ武器を構えることしかできない。そしてガランは、自身の生まれ変わった力を確認すると、己のなすべきことを思い出していた。大王を討つ。
重々しい体が間道を再び歩みだす。もはや帝国兵には目もくれず、視線は大王の走った先へ。
「行かせるか!」
マフターブがガランに飛びかかる。先刻のように首へ剣を打ち込むが、多少の傷がつくだけで効果がない。それでもまとわりつくようにして斬りつけ、その足を止めようとした。
ガランはものともせず、蝿でも払うように腕を振るった。飛び退いて避けるマフターブを、ガランはようやく敵として再認識したようだ。足を止め拳を高々と上げる。
(不味い!)
巨石が飛んでくるようだ。人の頭よりも肥大化した拳。振り下ろされる。その刹那、マフターブは馬蹄の轟を聞いた。
「マフターブ!」
馬で駆けつけたクシャがマフターブを拾い上げた。代わりに地面がガランの拳を喰らい抉れる。
「クシャか!?」
「また無茶をする!」
クシャの方こそ無茶をする男だが、それより別のことが気になる。クシャは大王の側について後退していたはずだ。それが今ここにいることに嫌な予感がした。
「魔術師隊、構えよ!」
そこに大王がいた。ガランを討つため引き返して来たのだ。マフターブは頭が真っ白になった。特に大王の近衛たるロスタムは悲鳴を上げたい気持ちだろう。
「陛下、お下がりください!」
「違うぞロスタム。ガランはここで討つ、ここで倒さねばならん!」
確かに、ガランの変身は事態を一変させてしまった。あの化け物をここで逃せば、今後もう討ち取る機会は絶無ではないか。
「大王ぅ!」
討つべき敵を見つけガランもいきり立つ。だが、地面に打ち込んだ拳が深く刺さり、僅かな時間が生じた。千載一遇の好機、逃してはならない。
土魔術師たちが地面に亀裂を生じさせる。ガランの足がはまり込むと、そこに携行していた“黒油”が投げ込まれた。
「放て!」
魔術師の炎が炸裂する。黒油に次々と燃え広がりガランを包み込んだ。周囲に黒煙と熱波が広がり、巻き込まれそうになった兵士が慌てて逃げ出す。
「これが黒油の威力か……!」
目を焼くほどの炎は離れていてもチリチリと熱が伝わる。扱いを間違えれば大火災になりかねない危険な代物だ。それをたった一人焼き殺すため潤沢にバラ撒いていたが、誰もやりすぎだとは思わない。
「クシャ、マフターブ!」
ダリウスが二人を呼び寄せた。手には弓矢があり、それをマフターブに押し付ける。
「へ、陛下?」
「この場で最も強弓が射れるのは、そなただ」
「……まさか、ガランが」
「うむ……」
――――ッ!!!!
言葉にもならない叫びは獣の咆哮ですらない。この世のものとも思えない声を響かせ、炎の塊が身を乗り出す。全身を焼かれ赤熱した炭になりつつも、なおガランは前に進む。
「本当に化け物か……」
全身を焼かれているが、爛れた皮膚は剥がれ落ち、その下からすでに再生が始まっている。焼かれては回復し、また焼かれるのを繰り返しながら、ガランは炎の巨人となって大王に迫った。
「マフターブ、構えよ」
ダリウスは手にした矢を黒油に浸し、マフターブにつがえさせた。
「目ですね」
矢が通るとすれば脆い部分しかない。ガランの瞳に狙いを定め限界まで弓を引き絞る。そんなマフターブに、ダリウスが背後から手を添えた。
「ひゃい!?」
「そのまま。ただ射るだけでは足りぬ」
黒油で黒く染まった鏃。そこにダリウスの魔力が流れ込む。
――ヒュウッ。
放たれた矢は真っすぐガランの目を居抜き、その瞬間に発火した。ダリウスが風とともに得意とする火の魔術である。
「――――だい、おう」
止まった。ガランの意識は熱とともに弾け飛んだ。黒油によって消えない炎。今や彼の頭中は業火よって灼熱し続けている。どれだけ身体を変化させようとも、頭の仕組みは人のそれと同じなのだ。
勢いの失せたガランはついに膝をつき猛火の中に沈む。大木が倒れるような振動を響かせながら。
「――ヘレ……」
轟の中に声がかすれて消えた。




