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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第三章 野望争覇
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  決戦⑤

 ガランが来た。虎の子だった不死身の軍隊を奪われ、それでもなお食らいついてくる。大王を殺して全てを覆す、そう考える男だった。


「陛下はお下がりください!」


 一人とはいえガラン自身も不死身であり名うての豪傑である。ダリウスを庇うようにロスタムと<不死軍>が立ち塞がった。


「ダリウスゥ!」


 剣戟が響く。ガランの突進に<不死軍>の精鋭が押された。それでも一人二人と打ち合ううちに勢いは止まり、ガランの身に槍が突き立つ。一撃、二撃。それをものともせずガランは敵を薙ぎ払った。


「本当に不死身か!?」


 敵を斬り伏せ、剣が折れれば槍を奪い、槍が折れれば剣を奪う。

 想像を超える怪物ぶりにロスタムも気圧されそうになったが、想像以上ではあっても想定を重ねてこの日を迎えたのだ。間髪入れずゴバードとクルハ騎兵がガランに襲いかかる。


「どけぇ!」


 尚も馬ごと突っ込むガラン。あまりの強引さにゴバードは呆れたが、備えが一段、二段と続けて破られると普段の冷静さが剥がれかけた。


「兄上、下がれ!」


 そこに新たな騎影が現れた。後方から追いすがって来たのはマフターブだ。ガランが進めばロスタムとゴバードが、逃げればマフターブが待ち構え、挟み撃ちにする算段である。

 そんな女将軍の殺気に気づいたのか、ガランは襲い来る剣をギリギリで受けた。間近に迫るマフターブの双眸。彼女の銀髪に記憶を刺激されたガランは一層力を込めて剣を押し返した。


「この女、また邪魔しに来たか!」

「知らん!」


 言葉と剣が飛び交う。マフターブの攻撃はいずれも致命と言える鋭さだが、ガランは膂力(りょりょく)と直感で受け、さらに切り返す。激しい攻防は見る者を圧倒したが、ゴバードだけは抜け目なく妹に加勢した。


「しっかり止めておけよ!」


 言いながら投じられた槍はガランを背後から貫いた。薬で痛みは止めてある。傷は塞がる。だが槍は肺を損傷しており一拍呼吸が止まった。


「取った!」


 僅かな隙、だがマフターブには十分だった。狙いは首。いかに不死身であろうとも首が落ちれば人は死ぬ。渾身の一撃が雷光のごとく叩き込まれた。


(固い!)


 その剣はガランの首を斬り落とせず、半ば辺りで止まってしまった。対策していたのか首周りに鎧が重ねてあったのだ。

 それでも強烈な一撃にガランは傾き、崩れ落ちながら剣を振るう。身を捩って避けたマフターブだが、剣が抜けずガランの体に持っていかれた。


 地面に墜落したガランはなお立ち上がろうとするも、それが限界だった。肺が破られ呼吸ができない。首に剣が挟まり血流が足りない。いかに不死身といえど身体機能には制限があった。


「マフターブ、使え」


 ゴバードが己の剣の妹に渡す。そうするだけの余裕が帝国軍に生まれていた。


「私が取って良いのか兄上?」

「お前に斬れなかった首が私の腕で落ちるものか」


 下馬したマフターブはガランを見据えた。今や膝をつき力なく項垂れている。一歩、また一歩と近づき、斬るべき首元に意識を集中する。


(今度こそ――)


 振りかぶろうとした瞬間、ガランの体が動いた。




 呼吸が苦しい。血が巡らない。考えが、意識が薄れる。不死身の肉体を得ておきながら死ぬのか。

 己の死を意識した時、ガランの脳裏に後悔や懺悔の言葉などは浮かばない。


(――どうすれば勝てる?)


 血に塗れ死に塗れ、裏切りと闘争の果てに勝利を重ねてきた。死の間際でもガランは勝つ術を模索していた。

 だが帝国の将軍が迫る。その間にも頭中では虫が体の傷を塞ごうと命令を送っていることだろう。

 ヘレの顔が浮かぶ。どこからともなく現れ、ガランに秘術を与えた女。彼女が託した短剣を探して手が動く。腰に差したままだ。


「がぐっ!」


 血と呻きを漏らしながら短剣を抜き放った。柄には装飾、刃には彫刻のある名品だが、そんなことはどうでもいい。

 刃の溝には薬が塗り込まれていた。それをガランは自身に、鎧の隙間から深々と突き込んだ。




(自決か?)


 そんなことがあるだろうかと訝しむ。マフターブが聞くガランという男は、去勢され奴隷に落とされても這い上がった執念の人だ。それが今、自らを短剣で刺している。そもそも不死身の身体を持つ男がそれで死ねるのか。


 二秒ほど考えて止めた。考えるのはクシャなどの役目だ。自分は大王の敵を倒せばいい。この剣で数ヶ月に及ぶ禍根を断つ。


 ――ギンッ、と鈍い音。手応えはやはり固かったが、それでガランの首が飛んだ。不死身の男もこうなれば死体とならざるを得ない。


「終わったか……」


 ロスタムが胸をなでおろす。全ての元凶が死んだ。これで戦争も終わるはずである。兵士たちの中には歓喜の声を上げる者もいた。


(終わったのか?)


 マフターブの心には(しこ)りが残ったが、ガランの死体は黙して語らない。そんなマフターブの心情とは関係なく状況は変わろうとする。ロスタムの指示でガランの死体から鎧や剣がむしり取られる。それを証として各戦線にガランの死を喧伝するのだ。戦争それ自体は今も進行中であり、これを早期に収集せねばならない。


「マフターブ将軍、ガランの首級ですが」


 兵士が頭を抱えて来た。兄に剣を借りたがマフターブの手柄である。大王も喜んでくれるだろう。


「お、おいっ」


 背後で引きつった声が聞こえた。振り返ると狼狽えた兵士たちが見える。その中心に立つのは――。


「ガラン……?」


 ガランが立ち上がっていた。無くなった首の切り口から巨大なムカデのような虫が飛び出している。その目が――ムカデの目など知らないが――ガランの頭を向く。


「ヒッ……!」


 首が無いままガランが歩き出す。仰天した兵士が頭を落とすと、それをムカデが掴み身体まで引き寄せてしまった。


「……」


 言葉を失うとはこのことだろう。誰も身じろぎすらできない中、ガランの頭が元の位置に戻る。グチュグチュと血肉の嫌な音がした後、目が開いた。

 

「ふぅ……」


 その男は何事もなかったように立っている。兵士たちは悪夢でも見るような顔で止まっていた。


(また虫か……)


 ただ一人マフターブだけは剣を握りなおす。不死身の秘密に奇怪な虫が関わることは聞いていた。頭まで割って見つけたというが、今度はガランの身体から飛び出している。虫が巣食うだけ力も増すということだろうか。

 ――関係ない。異常に異常を重ねてきた戦争だが、やることは変わらない。死なないなら殺す。何度でも。


「ガラァン!」


 ――ッ。打ちかかったマフターブは岩でも叩いたような衝撃に跳ね返された。


「化け物め……!」


 ゴバードとロスタムが身構えるも、目の前にいる相手はもはや人間ではない。見る間にガランの肉体は変色し筋肉が盛り上がる。言葉にするまでもない化け物の姿がそこにあった。

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