キラック州討伐②
<王の道>を帝国の軍勢が西へ、長蛇の列を作る。目標は西部のキラック州。ここを治める太守のファルザードは、大王の使者を害そうとしたことで討伐対象となった。
召集された軍隊は都市連合と比べ多種多様な顔ぶれを見せる。広範な支配領域に住む様々な部族から兵が徴用され、装備も少しずつ異なるのだ。
そんな軍勢を率いるのは大将軍のアシュカーン。軍の重鎮直々の征討となった。
(まだ錆びついていなければよいがな……)
アシュカーンは歴戦の将軍だが実戦指揮は久々となる。最後に戦場に出たのは十年前、大貴族の反乱時だ。あのときは大王とともに戦い、敗れた。それ以降アシュカーンは実務から遠ざけられて今に至る。
(兵は多くはない)
今手元にある兵力は三万を超えるが、それでも予定を下回る。大王ダリウスは急ぎ二万の兵を揃えさせ大将軍に与えた。その数自体はいいが、各地の太守に出兵を呼びかけ道々合流する手筈であるのに、集まりが悪いのだ。
ある太守は病気を理由に遅れている。ある太守は賊への対応を理由に断ってきた。幾人もの太守が大王を警戒し、この戦いの帰趨を見守ろうとしているようだった。
実権を掌握した大王だがその基盤はまだ弱い。流れ次第ではファルザードたち貴族勢が盛り返す可能性もあるだろう。だからこそアシュカーンにかかる責任は重いものだった。
――苦労をかけるな将軍。
帝都を出る前、若き大王はアシュカーンにすまなそうな顔をした。戦にせず帰服させることができればよかったところ、大王は力不足を恥じた。
――せめてもの助けに、連れて行ってほしい者たちがいる。
そう言って大王が配下に寄越した男が、今目の前にいる。野営の幕舎の中、魔術師のクシャはアシュカーンの言葉を待っていた。
「その方、大王陛下の友人だそうだが」
「はっ、もったいなくもご縁を賜りまして」
「信頼されているようだな」
「非才の身には過分なことです」
まず態度に問題はなかった。大王との関係を笠に着る様子も無い。
「陛下より聞いている、その方はなかなか言う奴だと」
「言う、とはどのような……」
「上奏文のことよ」
言われてクシャは様々な感情が綯い交ぜになった顔をした。
クシャが国家魔術師となってしばらく後、彼は帝国上層部に対し一つの提言を行った。曰く、現在の魔術界は多くの問題を抱えていると。魔術師は官僚化し研究心に乏しく、政争に加担してその能力を国家のために活かすことを忘れている。
また魔術師の採用も身分や属性に偏りがあり、埋もれた才能を発掘しきれていない。等々と文書を奉ったのであった。
「若造がそんなことを言い出せば、辺境に飛ばされるのも無理は無い」
「……若気の至りにて」
アシュカーンは笑い飛ばしたが、その気概は悪くないと思っている。
「それでクシャよ、魔術師としていずれの魔術を得意とする?」
「土属性です」
「土か」
――地味だな。などとは口にせず、表情にも滲ませなかったアシュカーンは歴戦の強者であった。
世間から見た土魔術の印象は、手堅く地味で、いつも土や砂に塗れた地味な存在だった。一方尊ばれているのが炎である。帝国の宗派において炎が神聖視されることもあって、多くの魔術師が炎の属性に惹かれる。それは採用傾向にも表れ、国家魔術師も炎に秀でた者が何かと優先されると言われる。
「ふむ。他に使える属性は?」
「いえ、土のみです」
「なに?」
「……私は五大属性のうち土しか使えません」
老将は鋼の精神力でおくびにも出さなかったが、正直落胆した。この軍にも魔術師部隊を帯同させているが、いずれも二つ、三つと得意魔術を持つ者ばかり。
「そうか……だが陛下は、必ず役に立つとその方を遣わされた。陛下を信ずるぞ」
「はっ」
冴えない男は冴えないまま退出していった。
(この戦、ワシが踏ん張らねば……)
大王が遣わした男はもう一人いる。その男は軍議にも出席するが、仮面を被りほとんど発言はしない。
「……」
「……」
列席する将軍たちは仮面の男、宦官のナヴィドを気にするが何も言わない。ナヴィドは正式に“大王の名代”として軍議に参加している。
――この者を余の影と思え。
当初アシュカーンもこの人事に引っかかりを覚えたが、日を追う内に大王の意図が見えてきた。この宦官はアシュカーンの指揮にほとんど介入しない。そのくせ、軍中では大王の名代として目を光らせている。少なくとも諸将や太守たちはそう見ている。これが牽制に丁度よく、軍議は滞りなく進んだ。
(なるほど影だな)
それ以外にも役に立った。軍議では発言を控えるナヴィドが人目を忍んでアシュカーンを訪れるときがある。
「間者の報せでは、ファルザードが軍勢を発して州鏡まで進出しました」
ナヴィドは多くの間者を駆使し、アシュカーンにだけ報告していた。
「おそらく行き先はこの辺りかと」
「交通の要衝だ、理にかなっている。だがあの若君にしては大胆だな」
ファルザードはレミタスの敗戦で兵を失ってもいる。これは危険な選択に見えた。
「他にも報告が。隣接するエベナリ州の太守が反乱軍についた様子」
「奴らめ……。すると考えられるのは、味方と合流しやすい位置で守りを固める腹か」
各地の太守にはファルザードから味方につくよう使いが出ていることだろう。それらの勢力に、己の姿を見せ鼓舞することで、力を糾合する腹が見える。
それとは別に、領地に踏み込まれたくないという思いもありそうだ。
キラック州は白海に面しいくつも港を備え、帝国にとって西の交易路の要衝である。この地を治めることでファルザードの一族は大きな富を得てきた。そんな力の源を踏み荒らされることに抵抗があるのだろう、なるべく前線で戦いたいのだ。
「エベナリ州の軍は北上中です」
ナヴィドが地図に示した。アシュカーンらのいる地からさほど遠くない。
「なら一つずつ潰す」
それから数日、全軍に夜も駆ける強行軍を命じた。狙いはファルザードではなく、合流しようとするエベナリ州の軍を先に叩く。輜重や足の遅い部隊は遅れたが、この際は騎馬や戦車、軽装の軍だけで構わない。
そして見えた。数千の敵勢。彼らは戦の備えもしておらず、アシュカーンの軍を見てもしばらく敵だと認識しなかった。無理もない、彼らがファルザードに与したという情報、知られるには早すぎる。
一撃で蹴散らした。ただ勝つだけでは済まさない。逃げる敵を追って討ちに討つ。脱出した将兵がファルザードの陣中へ駆け込めば、事態が露見してしまう。奴らには訪れぬ援軍を待ち続けてほしい。
翌日より部隊の再結集を図る。このまま軍をファルザードの本隊にぶつけたかった。せっかく城から出てきた反乱軍の首魁、一挙にケリをつけたい。
「兵は疲れていますな」
ナヴィドが気にかけたとおり状態はよくない。ただでさえ夏の盛り、兵の消耗は激しい。
だが時間が惜しかった。いくら休ませ、どれだけ急がせるか、老将は頭の中で算盤を打つ。
「大将軍。伝令に来た兵が急ぎお会いしたいと」
「どこからの伝令か?」
「それが、クルハ州の軍勢より」
それは帝国の北辺に位置する州の一つだった。アシュカーンの軍に合流しようと南下していたが、本隊が動いたため後を追ってようやくたどり着いたというわけだ。
「よく見つけてくれたな、大変だったろう」
伝令兵を招き入れ労をねぎらった。
「はっ。我が軍の騎馬は駿馬にございますれば」
その兵士は疲労しているが、目は活き活きとしていた。
「クルハ州より発した軍勢は、遅ればせながらキラック州近くまで南下しております」
「うむ。この位置ならば……」
アシュカーンは再び地図に見入る。そして敵との位置関係を睨みながら、次の一手を思案した。




