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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第三章 野望争覇
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  砂塵の彼方②

 様々な薬を入れた器が並び、幕舎内に形容し難い臭いが立ち込めた。その臭いは幕舎から漏れて駐屯地の一角を漂い、また魔術参謀がなにか持ち出したと兵士がささやく。

 当の魔術参謀クシャはいたって真面目である。薬を匙で慎重に調合すると、側にいる捕虜に差し出した。


「次はこれを飲んでみてほしい」


 ガランの軍から捕らえた奴隷兵士。不死身の肉体を得た捕虜たちは、その能力とは裏腹に静かで無気力だった。疲れているようにも諦めているようにも見える。

 渡された薬に対しても一切拒絶せずに飲んでしまった。その苦さに表情はしかめるが、無警戒、あるいは従順がすぎると感じる。


「なにを飲ませたんです?」


 側で見ていたストラトスが同じ薬を手にとってみる。臭いを嗅いだだけで飲む気が失せる薬だった。


「毒だよ」

「へぇー。……本当に?」

「毒だ。とはいえ薄めてあるから、たいした害はない」


 人間の体に影響が出ることはない。だが彼らの体内に潜んでいる“虫”はどうか。これらの薬で虫だけを取り除くことはできないか、クシャはこの一月様々な手を試していた。


 この捕虜たちだけでなく、敵将ガランも不死身の肉体を得ているという。ただ不死身といっても完全に死なないわけではない。奴隷兵の何人かは、先の戦闘で死亡が確認されている。そんな戦死者はやがて動く死体となって歩き出すのだが。


 ガランが不死身な以上、彼を討って戦争を終わらせることは困難である。クシャはこの能力の解明を進め、どうにか突破口を見つけようと躍起だった。


「しかし、戦場で薬を飲ませることもできないでしょう」

「それはそうだが、とにかく手掛かりが乏しい。どんなことでも役に立つ可能性がある」

「首を落とせばひとまずは死ぬんだろうけど……」


 首を切る仕草を見せながらストラトスが捕虜を見る。やはり反応は無い。いっそのこと、そうしてくれれば楽になる。とでも言いたげな顔にストラトスはため息を漏らす。




 捕虜たちに薬を飲ませる。捕獲した虫を調べる。そんな日々が続いたが成果は無い。持久策を採用しているとはいえ、いずれ戦いは起こるのだ。クシャにも次第に焦燥感が募っていた。


 それは帝国軍の皆が同様であり、そんなある日に事件は起きた。

 クシャが呼び出されている間に捕虜を移送していたところ、兵士の一団に取り囲まれてしまう。


「自治領の奴隷共が良い身分だな」


 護送していた兵士たちは凄まれて逃げ出し、捕虜だけが取り残された。だが表情は変わらない。彼らは幼い頃から奴隷で、他者からの圧力には慣れていた。


「不死身だそうじゃないか、切り刻んでも死なないか俺たちで試してやろうか?」


 威嚇にも動じない奴隷たち。兵士たちは却って感情を逆撫でられたようで、威嚇はやがて暴力に発展した。通りかかる他の兵士たちは関わろうとしない。彼らにとってもこの異質な捕虜たちは歓迎する気持ちになれなかった。

 そんな周囲にどうにか止めてもらおうと声をかける少女がいた。


「誰か、誰か止めさせてください!」


 おどおどしながらククルは呼びかける。それでも動かない大人たちに業を煮やすと、意を決し騒ぎの輪に飛び込んでいった。


「やめてくださいっ、きゃ!」

「あん?」


 兵士たちの間に割って入りるも、すぐに弾かれて転がるククル。それでも暴れる兵士たちに冷水を浴びせることはできたようだ。


「こ、こちらはクシャ様の大事な捕虜です。乱暴は止めてください!」

「おい、こいつ魔術参謀の弟子とかいう……」


 ククルのことも知る者が増え、兵士たちにも躊躇の色が見えた。だが一人、体も気も大きそうな兵士が構わず立ちふさがる。


「フン、お前<呪われし民>だそうだな」

「やめとけ、魔術を使われるぞ」

「できるもんならやってみろよ」


 その男が言い放った言葉にククルは体が固まる。<呪われし民>。面と向かって言われたのは初めてだった。言葉の持つ重みはまだよく分からないが、侮蔑されていることは分かる。

 それにククルは人を害するために魔術を使ったことは無く、その意志も無い。だがこの男はククルを軽蔑とからかい、そして興奮した目で睨み続ける。


 恐れと悔しさが同時に込み上げ、何を言ったらいいか分からなくなる。だが喧騒を割って現れた人物がにわかに場を制した。


「どけどけ!」


 帝国兵の人波を掻き分けるヘラス人の集団。ストラトスの傭兵隊である。騒ぎを聞きつけ鎮静するために出向いてきたのだ。


「魔術参謀の捕虜にイチャモンつけるんじゃねえ!」

「傭兵風情が何を!」

「文句は魔術参謀に言え」


 ストラトスにすれば他所の兵士とまともに問答する気は無く、面倒事は積極的に他人の名で押し通す。加えて数で圧すれば、騒ぎを起こした兵士たちはたちまち大人しくなった。


「アルビュゾス閣下が亡くなられたのに、こいつらが生かされているなど耐えられるか!?」

「ほう、あの太守の家来たちだったか?」


 なおも食い下がる首領格に、ストラトスは荒々しく髪を掴んで顔を近づけた。


「テメェらが守れなかった太守のことで雛鳥みてぇに騒ぐんじゃねえ」

「っ、ヘラス人如きが……」

「ダリウス陛下は必ず太守殿の仇を討つと仰せられた。テメェらもそのことだけ考えとけ」


 そこまで具体的な発言はしていないが、確認のしようがないのをいいことに大王の権威まで振りかざす。

 兵士たちが黙るともう関心は底をついた。捕虜を部下に護送させ、ストラトスはククルの肩を叩いてやった。


「ホレ嬢ちゃん行くぞ」

「あ、ハイ」

「なかなか度胸あるじゃないか」

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