6.砂塵の彼方①
五月の間、帝国とガランは大規模な衝突こそ避けたが、州の境目に軍を展開して牽制しあっていた。その間にも大王ダリウスには、間者からガラン軍の状況が知らされてくる。合流する者も増えてただならぬ兵力となっているようだ。
(海上封鎖とマグーロの説得、効果が出るには時間がかかる)
ダリウスは大王として聞くことに忙しかった。敵軍の様子を、死者の群れの動向を聞いていた。国内に不穏の気配はないか、他国に動きはないか、調べさせていた。
さらには帝都の情勢も知らせてくる。あちらは宰相とアシュカーンに任せてあるが、大王不在の間に貴族勢力が何か企まないか、懸念はある。
(支配者とは休まらないものよ)
今のところ国内に変化はない。水面下でガランの分断工作が働いている可能性はあるが、目に見えて何かが起こる気配はなかった。
それより気になったのはヘラス都市連合である。敵対的ではないし、昨年に戦災があったばかりである。帝国に鉾を向けてくることはまずないが。
報告があったのは、パラス市とチベ市の関係に不穏の影があるということだ。いずれも都市連合の有力都市だが、近年パラス市の威勢がいよいよ高まってきている。このことにチベ市が対抗心を燃やしていることは、傍から見ていても明らかだった。
(もしヘラス人に亀裂が生じた場合、我らはどう立ち回るべきか)
気にはなるが考えることが多すぎる。ひとまず西方の太守たちには事態を注視するよう言い渡し、目下の問題に注力する。
(おそらくこの戦い、長期戦にはならない)
そうダリウスは読む。ガランの戦略は奇襲にこそ意味があったのだ。電撃的な不意打ちで帝国を揺るがし、その波紋を広げながら戦果を拡大する。その前提は、ホダードの予言のおかげで一定程度阻止できた。そしてマグーロの協力。長引けばガランが不利になるのは自明であり、そうなる前に次の手を打ってくるはずである。
(そこに罠をはることができれば……)
広げられた地図に見入る。すでに穴が空くほど眺めた地図だが、それでも飽きることなく、脳内で絵図をめくることを繰り返していた。
***
兵は増えた。ガランの勢いを見て自治領の獣たちが寄り集まってくる。居並ぶ傭兵たちの目は欲と活気に満ちていた。いつか帝都を侵して略奪することを夢見ているのだ。
嫌いな目ではない。欲こそ人を生かす感情だとガランは思っている。そしてその望みを叶えてやる日は遠くない。そのはずだった。
物資の補給が遅れ始めている。海上輸送が帝国の白海艦隊に圧迫されているからだ。敵地に踏み込んでいるため当然といえば当然だが、これを抑えるべき自治領の艦隊の反応が鈍いのだ。
(帝国の艦隊など、あのドレス沖の海戦で半壊したはずだろう)
白海の制海権を握らんとする自治領の海軍が、情けないことだと憤る。
(あるいは海洋派の奴ら……)
帝国と結託して艦隊を引き下げたのか。海洋派の積極的貢献は期待していなかったが、露骨な職務怠慢であればガランも座視できない。連中はガランや地主派を、帝国の大王に献上品の如く差し出すつもりか。
(マグーロ……あの女のやりそうなことだ)
そのマグーロの面子を潰したのは他ならぬガランだが、そのことは棚に上げて久しい。
ガラン個人にはマグーロへの敵意はない。奴隷身分から成り上がった者同士、共通点を持つとさえ密かに思っていた。だからといって相手も同じ気持ちとは限らないのだが。
しばらくは占領地から物資を調達すればよい。だが兵数が増えたことで負担も重くなった。そこに切り崩し工作を受ければ、現状の有利など硬貨の表と裏のように入れ替わる。
もう一押し帝国に打撃を与えられれば。自治領の、そして帝国各地の日和見たちに決断を促すような、強力な一撃を。
(鍵となるのは……)
ガランも多くの間者を放っている。中には敵の前線都市マスダンに潜り込んでいる者までいるが、そこから気になる報告があった。
帝国の大王が直々に兵を率いて来援したという。ガランの想像を超える積極的な対応だ。今帝国軍は士気も向上しているのに対し、ガランの軍はこれより補給が苦しくなる。だらだらと夏を迎えるわけにはいかない。
(やはりこの手を使うか)
導師のヘレを呼び、ガランは地図を広げた。大王のいるレヴァント州。はるか東、砂漠の向こうに帝都。アリアナ帝国。大陸の四大国。この手で掴みたいもの。




