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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第三章 野望争覇
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  天秤の行方⑥

 大王が呼び集めたのは直属の軍人やクシャたち参謀、レヴァント州の太守タテナイなど、ごく限られた顔ぶれだった。マグーロはもとより、近隣の州から駆けつけた将軍たちがいないあたり、大王の身内の範囲が未だ狭いことを物語っている。


 宮廷ではこのたび受けた侵攻に関しても、和平を急ぎすぎた結果では、と批判めいた口調で言う貴族がいる。かの政変以来、大人しくしている貴族たちであるが、隙を見せれば勢力を盛り返そうとするだろう。


「ガランに会談を申し込むなど、魔術参謀は相変わらず無茶をする」


 この場においてダリウスは、いくらか気を緩められた様子だった。宮廷のしがらみから解放され、近しい者に向ける顔になっている。それを見てクシャも少し肩の力が抜けた。


「面目次第もありません……」

「責めているのではないクシャ、頼もしいのだ」

「魔術参謀殿は舌先三寸で敵を止める、か」

「書簡で殴りつけるのさ」


 誰かの言葉で笑いが漏れ、戦争の緊張感も緩んだ。


「それで、ガランは何と言っていた?」

「玉座を頂く、と申しておりました」

「不埒な奴め。それで怒って斬りつけたのか」

「それは……」


 クシャの視線がついマフターブに向きそうになる。そんな上官を見かねたのか、ストラトスが軽い調子で口を開いた。


「そうなのです、自分がバッサリと。おかげで奴の体質も分かりましたが」

「ストラトスか、気持ちは分かるが」

「陛下、軽はずみだったのでは? 結果として今後、ガランとの話し合いは成立しなくなるでしょう」


 懸念する幕僚もいたがダリウスにその気は無いらしかった。宮廷でも、ひとまずの停戦と講和を主張する者がいたが、武力による誅伐を選択したのだ。


「ところでタテナイよ、何か言いたげにしているが」

「は、陛下……」

「ここにいる者は信頼できる者たちだ。できるなら明かしてくれ」


 促されたタテナイは、ダリウスにある書簡を差し出した。


「自治領の密使を名乗る者から、私宛によこしたものです」

「ほう……。これはこれは、余を追い落として帝国を乗っ取ろうとな。ガランの奴、これくらいの手回しはしてくるか」

「おそらく各地の太守たちにも、可能な限り届くでしょう」


 ガランによる分断策であろう。分かりやすい策謀だが、大王と在来勢力に隙があるのは事実である。持久戦を採る限り、潜在的な不安要素として意味を持ち続ける。


「クシャも懸念した通り、戦いが長引くことは避けたい。ガランが先に音を上げるか、帝国に亀裂が生じるか、そんな戦いになるだろう」



***



 全てが終わり、各々持ち場へ戻ろうとする中、クシャはマフターブと行き合う。


「この短期間でよく、あの“虫”まで解き明かしたな。さすがだ」

「大本はククルたちのおかげさ」

「それで不死身の兵士とやらだが、殺す方法はあるのだろうか?」

「いくつか方法はあるだろうが……」


 とはいえ捕虜の奴隷兵で実験する気にはなれない。そもそもクシャの頭を占めているのは、殺す方法より別のことだった。


(仕組みが分かるなら、取り除く方法は無いものか)


 それを知っていそうな人物。<超帝国>に関わりのありそうな幾人かの者。ターラと名乗った女性を思い出し、またマフターブの顔をチラリと見る。


「……こちらで会った時から、妙な態度を取るな」

「うむ……」

「考え事はクシャの日常のようなものだが。力になれることがあるなら言ってくれ」


 二人だけになったことでもある、クシャは思い切って話した。ガランとの会談。乱入してきた女戦士。ターラと名乗り、「ごめん」と言い残して去った人のことを。


「……」

「以上だ」

「……兄から、母は死んだと聞かされていた」


 マフターブが物心ついた頃には母の姿が無く、父も貴族勢力とのせめぎ合いの中で亡くなった。兄弟たちとは母が違うこともあって、家では浮いた存在となる。母親との数少ない接点は首飾りと、スキティア族と同じ戦士の銀髪。


「そうか、生きているのだな」


 言いながらマフターブは路傍の石を拾うと、宙へ放り投げる。一瞬、風が吹いたかと思ったのは彼女の剣が抜き放たれたからだ。ぽとりと落ちた石は真っ二つに割れていた。


「見つけたらとっちめてやる!」

「仲良くね……」


 ターラが何故、家族の前から姿を消したのかは分からない。だが娘としての複雑な感情を、石と剣に込めて発散したのだろう。


(失踪した理由は、考えても分からないが)


 ただならぬ背景があるのではと思う。まるで歳を取っていないあの姿、物知り顔で語る声。マフターブには伏せたが、まるで人間ではないもののように、クシャの記憶にいつまでも張り付いている。

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