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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
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3:キラック州討伐①

「聞いたかね、帝国の大王が重臣たちを殺して回ったとか」

「ああ、話題になっているな。まったく恐ろしいことよ」


 パラス市ではレミタス市奪還を祝い、各所で宴が開かれていた。広間には料理と酒の匂いが満ち、談笑する人々の間を使用人の奴隷が忙しなく行き来する。

 招かれたのは市の有力者、富裕層など。料理に舌鼓を打ちながら交わされるのは商売の話、政治の議論。あるいは哲学的討論、他愛の無い世間話など。


 だがこの日、話題をさらったのはアリアナ帝国で起きた政変だ。連合と帝国には国交が無いため公式の情報筋も無いが、商人や旅人の口から、あるいは潜り込ませた間者から情報は広まり、ヘラス地方でも様々な反応を呼んだ。


「敗戦の次は内輪もめ、帝国はガタガタだな」

「アリアナ人同士で潰し合うといい」


 そう言ってほくそ笑む者たちがいる一方で、状況を注視する者もいた。


「分裂していた帝国内部が結束するかもしれん」


 連合としては足を引っ張り合ってくれていたほうがよい。実際、何年も前に帝国で反乱や暗闘が相次いだ時期、連合は大いに息をつくことができたものだ。

 受け取り方に差はあれど共通していることがある。それは今上の大王を見る目の変化だった。

 傍流から急遽立てられた大王ダリウスを、多くの人は傀儡と見なしてきた。だがこの粛清劇という苛烈な出来事から、視界の外にいた若き王が急速に輪郭を帯び始めたのだった。




「テオドロス将軍はこの事件、いかが思われますかな?」


 宴の只中にレミタスの勝者テオドロスもいた。


「私はもう将軍ではありませんよ」


 彼は凱旋後に将軍職を返上していたが、市民は変わらず彼を支持し続けている。この日も多くの招待客がテオドロスを囲み、誰が見ても宴の主役である。


「せっかくの好機にテオドロス君が兵を率いれないとは、運が無い」


 そんな言い方で誰かが帝国への軍事介入を匂わせる。だが脇から冷水を浴びせる者がいた。


「無闇に戦争起こせばいいってものではないだろう?」

「これは、マヌエル執政官殿……」

「レミタスで戦ったばかりでまた出兵すれば、市民は疲弊するばかりだ。遠くを見るばかりでなく足元も見たらどうかね」


 マヌエルの言葉に閉口する招待客たち。その中心にいたテオドロスもマヌエルの意見に頷いた。


「執政官のおっしゃるとおり。今は開放したレミタス市を都市連合に加え、備えを盤石にすることが先でしょう」

「うむ、そうだな。そうだとも」

「それに我々の敵は帝国だけではありません。東北のスキティア王国、南のトゥネス自治領なども油断できません」


 草原の覇者<スキティア王国>と海洋国家<トゥネス自治領>。これにヘラス都市連合とアリアナ帝国を加えてエウリシア大陸の四大勢力と呼ぶ。それぞれが長年しのぎを削ってきた国々で、抜け目が無い。


「フン……テオドロス君の言ったとおりだ」


 テオドロスの取り巻きたちはマヌエルにたじろぎ離れていったが、テオドロスは気にする風もない。


「執政官のように冷静な方がいると市民は心強い」

「どうだろうかね。市民は君のような男を執政官に担ぎそうな気がするよ」

「私の予定にはありません。今のところは」

「今のところは、か……」




 不意に招待客がざわつく。二人は声のほうに顔を向けるが、テオドロスはごく自然と柱を背にし、体をかばいながら視線を巡らせる。その仕草にマヌエルは油断のなさを感じた。

 広間の入り口から一人の女性が進んでくる。優しい栗色の髪。華やかさと落ち着きの調和した装束。しなやかな足並みで、好機と嫌悪の視線を集めながら。


「あの娘か……」

「娘……あぁ」

「君も知っているかね?」


 その女を見るや声をかける男たち。対象的に眉をひそめ何か囁き合う者たち。そもそもこのような場に女性が姿を見せることが珍しい。

 ヘラスの町々は市民の自治を謳っているが女性には参政権がない。日常でも内に籠もることが多く、公の場を闊歩することも好まれない風潮がある。


「リリス夫人と言えば今話題の金貸しさ」


 マヌエルの言い方には含むものを感じた。テオドロスもリリスという名の女について噂を聞いている。




 彼女はまだ少女のような年頃に、とある資産家へ嫁いだ。しかし夫たる人はすでに高齢で、何かの拍子に突然死してしまった。

 若く美しく、そして莫大な遺産を受け取った未亡人を、世の男たちが放っておくはずがない。まず気の早い連中が葬儀に駆けつけあれこれ手伝い、それが終わると数倍の男どもが彼女に求婚したが、リリスは笑顔で退けた。

 中には力ずくで迫ろうとする不届き者もいたが、仲裁者が現れ騒ぎは一段落する。


 結局、リリスは誰の愛も受け取らずに今なお未亡人のままである。そして遺産をいくらか現金化すると貸金業を始めたのだった。




 リリスはしばらく周囲と歓談した後、何ごとかを尋ね、客の一人がテオドロスのほうを示す。するとリリスは男たちに会釈して別れ、真っ直ぐに歩み寄る。


「あなたがテオドロス将軍ね。最近はあなたの話題で持ちきりよ」


 花が咲くような微笑みだった。並の男ならその笑顔だけで赤面しそうだが、テオドロスはしごく穏やかにこれを受け止める。


「初めましてリリス夫人。あなたのご活躍も聞いています」

「紹介はいらないみたいね。良い噂だけ聞こえてたらいいんだけど」


 まだ幼さの残る仕草で苦笑する彼女は、まだ二十そこそこだというが物怖じする気配も無い。


「マヌエルさんも、変わらず元気そうね」

「ん……」

「お知り合いで?」

「まあ、彼女の父とは友人だった」


 マヌエルはその縁で一時期リリスの世話を焼き、求婚者たちから守らせたのもこの政治家だった。


「その節はお世話になりました。でも将軍と仲がいいんだ、紹介してもらえばよかった」

「仲がいいわけでは」

「ええ、マヌエル執政官からは色々ご指導を頂いています」


 マヌエルは軽くテオドロスを睨んだが涼しく受け流される。


「コホン、私は失礼するよ。あとは若い者たちで話すといい」


 宴会の只中に紛れていく執政官を見送ると、リリスがまた喋りだす。


「将軍は他の人みたいに寛がないの?」


 ヘラス人は寝台に寝そべりながら飲食することが多い。だがテオドロスは柱にもたれかかって談笑し、たまに料理を皿に取って食べる。


「それは軍人の性と言うべきでしょうか」

「ああ、寝込みを襲われたら嫌だものね」


 フフっとまた笑みを浮かべたリリス。


「ところで、私を将軍と呼ぶ必要はありません。もう辞職して一介の市民です」

「そっか。じゃあ名前で呼ぶねテオドロス」


 本当に遠慮の無い女だとテオドロスは内心面白がった。


「あなたもそんな政治家みたいに丁寧に喋らなくていいよ」

「夫人とはまだ他人ですから」

「じゃあ今日から友達ってことで」

「友達……」

「あ、ダメかな……?」


 少し表情を陰らせたリリスにはいじらしさがあった。


「いや、懐かしい響きだと思っただけで。良ければ私からもお願いしよう、新たな友として」

「うん、よろしくね」


 杯を軽く掲げ、お互いワインに口をつける。

 二人は座り直し互いのことで会話を弾ませた。仕事のこと、戦争のこと。リリスは方々の商人たちに金を貸し付け、読みがいいのか成功しているようだ。


「私“金貸し”って呼び方好きじゃないの。自分では“投資家”って言ってる。色々な人や物を扱ってるけど、困っている人には安く融資してあげるよ。それと面白そうな人には一発賭けてみたりして。ああ、面白そうっていうのは話し方とかじゃなく事業のことね。何か成し遂げそうな人って好きよ」

「君から見て、私は賭けるに値するところはあるかな?」

「そうね……」


 リリスは即答せず、相手を見透そうとするような目で見た。


「あなたが何を成そうとしているのか、もう少し見てみないと」


 なるほどその瞳は商機を見極める目であり、女一人で世を渡ろうという意志が輝いていた。


「ところでファルザードという男、様子がおかしいみたい。反逆するんじゃないかって噂よ」

「ああ、あの男か」


 レミタスで敗けたファルザードは、偶然か大貴族の中でも粛清を免れた人物だ。領地のキラック州に逃げ帰っているが、テオドロスもその動向は調べさせていた。


「それが最近、ヘラス側に接触を試みてるんだって」

「ほぅ……」


 そこまでは彼も掴んでいない。テオドロスの手足も人脈も、まだそこまで長くはない。


「さて、そろそろいい時間ね。今日は話せて良かった」

「私も楽しかった」

「また会ってくれる?」

「ええ、いつでも」


 リリスは子供っぽく無邪気な笑顔になり、手を振って宴を後にした。

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