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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第三章 野望争覇
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  天秤の行方②

挿絵(By みてみん)


 トゥネス自治領の軍は数日遅れて、ようやくメディナの州都を制圧した。だが州都に住民の姿は無く、開け放たれた城門が虚しくそびえていた。

 ガランは馬上で渋い顔をしている。奪ったというより、上手く逃げられただけだ。州の主要都市は尽く住民が逃げ散っており、田舎の寒村にぽつりぽつりと人がいるだけだ。住民を捕らえれば動く死体も増やすことができたのだが。


(この対応の速さ、魔術師の予言という奴か?)


 初めの二、三ヶ月は一方的に攻め込めると思っていた。帝都の人間を驕り高ぶった連中と軽侮していたが、認識を改めていかねばならないようだ。


 そんな雇い主の心情も知らず、傭兵たちは州都に残された財貨、食料などを奪いに殺到していく。略奪は約束したことである。本音では役立たずと罵ってやりたいが、黙認した。


 ガラン自身も城門をくぐり入城する。交易路の都市だけあって規模は大きく、街も豊かに見える。考えようによっては無傷で手に入れられて幸運かもしれないが、ガランが目指すものはもっと東にある。

 アリアナ帝国の帝都スーシャ。若い時分には夢の都と思い描いたが、今はそれを奪いに行く自分がいる。


 軍の詰所を接収して司令部を置くと、すでに次の戦いが始まっている気持ちになる。程よい高揚感――だがそれを打ち消す報告が飛び込んでくる。


「……罠か」

「太守の館の地下、宝物庫に入ろうとした途端に建物が崩れたと言っています」


 兵士が略奪に入りそうな箇所に、そうした罠が仕掛けられていた。ある建物は土台が砕けて崩落した。別の場所では発火して物資ごと燃えた。

 井戸などは土で埋まっていて、しばらく水の確保に難渋するだろう。いずれも魔術でなら可能だろうが、やり口が甘いと感じた。


 ガランであれば井戸には毒を放り込む。そうすれば最初の何人かは殺せるし、井戸水には誰も手を付けなくなる。前に会ったクシャの顔を思い出すが、若く、そして青そうだった。


(あれで大王の側近というなら、大王の性格も透けて見える)


 ならば打つ手も変わってくる。今までは駆けるように動き回ってきたが、一度腰を据えて戦略を詰めるのも悪くなさそうだ。



***



 メディナ州を撤退したアリアナ帝国。軍も民も一緒になっての大逃げである。大部分は軍とともに、間に合わぬものは山間に隠れ、自治領の殺戮から懸命に身を守った。そうしなければ彼らも動く死者の列に加えられるだろう。

 全ての民に周知できたわけではない。だが自治領軍のほうが地理には疎い。相当数の民が逃れられると願うばかりだった。


「クシャ様、ご無事で!」

「心配かけたね」


 もう何度目かも分からない師弟のやり取りである。クシャとククルは互いに隣州のレヴァント州で合流した。ロスタムたち正規軍はすでに陣を張っており、ここで敵を防ぎ止める構えだ。


「まずロスタム将軍や太守殿と会っておくか」

「その前に一つ、お知らせしたいことがあります」

「うん?」


 ククルは籠を携えていた。蓋を取ると中で何かがカサコソ動いている。後ろから覗き見たストラトスは思わず呻きを漏らしたが、クシャは目を丸くして見入っていた。


「……これは虫だね?」

「はい、死体を調べて見つけました」

「ククルが調べたのか!?」

「その、ナヴィド様と兵士の皆さんが手伝ってくれました」


 脳裏に閃きが走る。確かめる必要はあるが、クシャの中で何か掴めた気がした。


「ありがとう、役に立ちそうだ。ククルはストラトスたちと一緒にいてくれ。敵の捕虜がいるけれど、まず暴れることはないだろう」

「敵ですか?」


 クシャたちが乗ってきた車両には数名の自治領兵士が拘束されている。うなだれて動く気配も無いが、彼らが侵略者であるという事実はククルを身構えさせた。


「こいつらは檻にでも入れておきますよ」

「頼む、ストラトス。私は行ってくるよ」




 そこはレヴァント州南部の一都市。クシャが太守のタテナイを訪ねると、ちょうどロスタムやナヴィドと協議中だった。

 タテナイの表情には余裕が無い。自治領の進撃に、そこから逃れてきたメディナ州の民と軍隊。対応に追われるのも無理はないが、さらなる重圧が彼を襲っていた。


「大王陛下が出馬したと?」

「うむ、間もなくこちらへ到着するだろう」

「ではここで決戦ですか」


 レヴァント州は陥落したメディナ州の北隣にある。西は白海、東は広大な砂漠が広がるため、いずれに向かおうともレヴァント州を通過しなければならない。

 そのため、ダリウスはここに戦力を集中してガランを食い止めようというのだろう。クシャが敵を足止めしたことも無駄ではなかった。


 その後しばらく情報交換を進めていると、太守の部下が注進に駆け込んで来る。


「閣下、重要な知らせが!」

「まだ何か起きたというのか?」


 タテナイは敵と大王を迎えるだけで頭がいっぱいであるが、この知らせでいよいよ胃が痛むことになる。


「白海艦隊の船が自治領の人間を連れてきました」

「自治領の……こんな時期にか。いったい何者だ?」

「それが、トゥネス市のマグーロと名乗っています」

「マグーロ……」


 クシャやロスタムらがどこかで聞いた名だと考え込む。そんな中一人だけ、ナヴィドはその人物をよく知っていた。


「<三十人衆>のマグーロ、<海洋派>の重鎮です」

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