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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
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  辺境の魔術師④

 クシャが往く帝都への旅は迅速に進んだ。「王の道」の各所には馬を備えた駅が敷かれ、公務であれば好きなだけ利用が認められる。クシャ自身は乗馬の名手というわけではないが、剣と馬を使えなければ辺境では生き抜けなかった。幾度か馬を乗り継ぎ、着の身着のまま帝都の門をくぐる。

 久々の都の空気は懐かしいような、どこか異郷のような。魔術院に入るため地方から出てきて、目まぐるしい日々を過ごした街。ダリウスや仲間たちと出会った街である。


 本来平民の出であるクシャには、傍流といえど王家の血を引くダリウスと接点など生じにくい。だが状況が二人を結びつけた。魔術院で目立つ生徒たちは貴族の子弟が多い。それは魔術師を生みやすい血筋が貴族化した結果だが、王家と貴族の対立の深まりにより、ダリウスは周囲から浮く存在となっていた。

 そうした中で二人は出会い、友人となった。


 思い出に浸りながら街中を歩く。政変と粛清を知らされてから胸騒ぎを抱えていたが、それは街の様子を見て和らいだ。人々の表情に陰は無い。少なくとも大王が都の掌握に成功したことが伺える。


「クシャ様ですね、ご到着をお待ちしておりました」


 ほどなく兵士たちがクシャを宿舎へ案内してくれた。


(用意のいいことだ)


 これもダリウスの配慮だろうか。帝都に屋敷や伝手など持たぬクシャとしては助かるが、自分ごときにここまでされると面映ゆい。

 食事と着替えまで用意してもらい、日が傾く前に王宮に連れて行かれる。


(これが<月の宮殿>か……)


 初めて訪れた宮殿は壮麗だが、どこか静かで寂しげでもあった。クシャは国家魔術師として、魔術院や役所に出入りする程度の存在だ。宮殿に参内するのは初めてだし作法にも疎い。だが幸いに人払いがなされていて、彼を見咎めるような者は皆無だった。


「陛下がお待ちです」


 そう言って招じ入れる宦官の姿にギョッとした。全員が揃いの仮面をつけている。それだけで別の空間に迷い込んだと思わせる異様な集団だった。


「クシャ様をお連れいたしました」

「入れ」


 通されたのは謁見の間ではなく、大王の私室の一つだった。椅子に腰掛け待っていた大王ダリウス。その姿を見たクシャは在りし日の面影を探そうとしたが、自分の知る旧友とは何かが違った。


(王の顔になっている)


 互いに会わなくなって数年、すでに王の風格を備えている。髭も伸びている。


「他の者は下がれ。この者とは二人で話す」


 ダリウスの指示に宦官たちは一瞬顔を見合わせ、すぐに退出していった。


「久しぶりだなクシャ」

「ああ……えっと、陛下にはご機嫌麗しく」

「今は俺とお前しかいない。昔のように話せ」

「……」


 その言葉に、立場は違っても変わらぬものを感じた。


「……似合わない髭だな」

「フッ、言うな。見た目だけでも()()()したいのだ」


 席に着くと机上には文書が積まれており、つい先刻まで決済していたようだった。


「さっきの宦官たちは……」

「あれは俺の影だ」

「影?」

「そう思ってくれ」


 ダリウスの説明はそれだけだった。あれが影だとしたら実像のほうはどうなってしまうのか。

 仮面をしているのは個人を特定されないためかとクシャは考えた。それは彼らが大王の護衛や、その他様々な役目を担うため、正体を掴みにくくする目的と見える。

 そして自然と、今回起こした粛清が頭に浮かぶ。


「……しかし、ずいぶん派手にやったな、ダリウス」

「やり過ぎたと思うか?」

「……」

「思ったことを言っていい」


 大王としてではなく友として意見を求められている。クシャは一呼吸だけ間をとった。


「昔のお前さんからは想像もできないやり方だ」

「そうか」

「だが大貴族たちの専横は目に余った。やむを得ないだろう」


 この答えにダリウスは目を閉じて頷いた。感情を読み取るのは難しい。

 同時に軟禁されたという太后には触れなかった。太后その人についてクシャはよく知らないし、彼程度が踏み入ってよい次元とも思えない。


「昔、話していたことを覚えているかクシャ。俺は自分の能力も顧みず、帝国を救えると思っていた」

「ああ、覚えているさ。『もし自分が大王の傍にいれば、この国を変えてみせる。』そう言っていたよな」


 クシャは知っている。ダリウスが王室の血を引くことを密かに誇りとし、帝国の行末を案じていたことを。だが果たしてダリウス自身が王になるなどと想像していただろうか。


「そしてお前は、魔術師として俺を助けてくれると言っていたな」

「ああ……覚えているよ」

「その気持ちがまだ残っているなら、大王となった俺を助けてほしい」


 まっすぐ目を見て言うダリウス。


「……俺は王や国を支えるなんて大それた器じゃない」

「気の置けない相手がいるだけで違うものだ。それに、友人というだけで登用するほど身びいきでもない。お前が北辺でやってきたことは調べてある」


 バレたか。ふとそんな感慨が浮かぶクシャ。

 話を受けるしかないか。大王にまでなったかつての友が、変わらず自分を信頼してくれている。それだけは時が経っても変わらないようで嬉しくもある。


「辺境暮らしにやり甲斐を覚えるようになったんだけどな……」

「すまないとは思っている。これから苦しいことも多くなろう」

「いいさ、お前さんには借りもあるしな」

「借りとは?」

「知っているぞ。俺が国家魔術師になれたのは、お前さんの口添えがあってのことだって」


 クシャは並々ならぬ努力をしたが、それでも魔術院の体制から資格を得るのが難しかった。

 すでに大王となっていたダリウスが横槍を入れたと聞いたのは少し経ってからのことだ。


「お前の才能が活かされないのはもったいないと思ったからな」

「何とも言いにくいが、おかげで家族には胸張って報告できたよ」


 クシャの家族は中流階級の職人の家系だった。道具作りに心血注いできた父は、息子に魔術の素養があると知ると、家業を継がせるより魔術院に送り込むことを選んだ。我が家の誉れだと笑った顔を今もはっきり思い出せる。


「そういえば、クシャの両親は息災か? 帝都に呼び寄せるか?」

「元気だがそろそろ歳だ、今から都に出てくるのは大変かもしれない。そっちは?」


 ダリウスは王家に養子として入ったが、元の両親は地方に住んでいた。クシャも何度か会ったことがある。


「ダリウスの親御さんも環境が変わったろうな」

「死んだよ」

「えっ……」


 ダリウスが即位してから三年ほど経ったとき、彼の両親は事故で亡くなったという。大王の実の親ではあったが、その死は大きく取り上げられず、葬儀も密やかに済まされたようだった。


「それは知らなかった……すまない」

「過ぎたことだ、気にするな」




 ほどなく、大貴族の生き残りファルザードが大王の使者に危害を加える事件が起こる。これを受けてダリウス大王はファルザードに叛意ありと見なし、彼が治めるキラック州に向け討伐軍の派遣を決定した。

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