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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第三章 野望争覇
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  間奏曲④

 大陸歴一〇四五年、ニ月。ヘラス地方はアルボア市近郊。

 昨年の激戦を乗り越えたこの地にも春の兆しが見え始めていた。豊かな沃野が広がる青海沿岸は、冬こそ厳寒だが春の鮮やかさは際立ち、人々の心を洗ってくれる。


 だが春の訪れを待っていたのは、何も都市部のヘラス人たちだけではなかった。




「伝令! 伝令!」


 この地に駐屯する都市連合軍に緊張が走る。斥候たちの報告が外敵の接近を報せてきた。

 それを受けて指揮官のペロニダス将軍は諸将を集める。


「現在、ヘラス人の領域外に住む異民族たちが西から東へ大挙して移動している」

「昨年のスキティアに便乗して攻めてくる気でしょうか」

「いや、それは違うだろう」


 ペロニダスは周辺地図に異民族たちの行動線を記していった。


「我らを避けつつ東へ向かっていますね」

「これで奴らの狙いはハッキリした。スキティア王国に合流するつもりなのだ」

「何と!」


 ヘラス人たちの生活圏の外には遊牧系の異民族が雑多に暮らしている。その全てが敵対的というわけではないが、ヘラス人が土地を拓くたびに衝突は絶えず、時には奴隷の供給源として攻撃対象となることもあった。


 そんな異民族たちが団結して東へ向かうのは、同じく遊牧民の国であるスキティア王国に受け入れてもらうためであろう。ペロニダスはそう結論付けた。


「この地までスキティアが攻め込んだのを、奴ら聞きつけたのだな」

「それで雪融けを待って動き出したか」

「将軍、如何に対処するのですか?」


 彼らに攻撃の意図が無く、土地を去るというのなら害は無い。だがスキティア王国の民となり国力を増強されれば、いずれ驚異となる。ペロニダスの答えは決まっていた。


「奴らを撃退する」


 軍議に動揺が見えた。異民族の数は三万以上が確認されており、まさに民族大移動である。これに対抗するには兵力が心もとない。現在この地に駐屯している軍は、戦災から人々が復興するまでの治安維持部隊という向きが強いのだ。


「こちらは兵力を結集しても七千ほど、苦しい戦いになります」

「そうかな、私は十分に勝てると思っているがね」



挿絵(By みてみん)



 自信に満ちた表情のペロニダス。その様を末席にいたマルコスはしげしげと観察していた。


(あれがチベ市の英雄候補ね)


 この軍にはパラス市からマルコス隊のみ参戦している。スキティア王国との戦いで主要な働きをしたパラス市――主にテオドロス隊――は軍を引き上げ、代わりに他都市の軍が治安維持及び復興支援に当っている。

 だがマルコスだけは働き足りないと言って、再び北の地に駐留することを志願したのである。


(チベ市が影響力を伸ばそうと躍起だからな)


 駐留の合間にマルコスは、できる限りペロニダスを観察していた。チベ市のパラス市に対する対抗心は強い。中でもペロニダスは急先鋒と見えた。


(それ以上に、テオドロスに対する対抗心が強そうだ)


 そんなマルコスの視線をペロニダスは、まるで楽しむかのように受け止めている。それがマルコスには一層気に食わなかった。


「異民族の集団に対し、進路上に布陣して会戦を挑む。地図で言えばここ」


 ペロニダスが作戦を仕切る。開けた平原に進出し、山を側方に見つつ布陣。主力となるチベ市の部隊を最左翼に配置するこの構えから狙いがすぐに見えた。


「“斜線陣”を使うつもりか」

「さすがマルコス殿。いかにも斜線陣で蛮族どもを蹴散らす」


 斜線陣とは戦力を片側に集中配置し、前進に時間差を付けることで全軍が斜線を描くようになる陣形である。この場合、主力の左翼が矛であり、手薄な右翼側は盾となり、盾が破られる前に矛で敵を突き崩すことが目的となる。

 チベ市の将軍たちが好む戦法だが、これを聞いた諸将の顔色はあまり良くない。


「ペロニダス司令、ここに集まった軍では連携に齟齬が出る可能性があります」

「それに斜線陣は、敵が秩序だった軍でなければ狙い通りにいかない恐れが」


 この戦法は扱いの難しさでも有名であった。左翼だけが前に出過ぎれば、右翼との間に隙が生じ全軍を分断される恐れがある。

 また異民族の動きが予測できない。手薄な右翼に対する敵左翼が先行するかもしれないし、中央が突出するかもしれない。


「諸君らの懸念は理解できる。だが私はこの戦法で確実な勝利を約束しよう」


 美丈夫のペロニダスが堂々と勝利を宣すると、諸将の不安はいくらか和らぐようだった。彼にはそれだけの実績もある。


「それにマルコス殿の騎馬隊がある」


 言われてマルコスは目を細めた。ペロニダスの不敵な視線と衝突し、奥歯を噛みしめる。


(こいつ、俺を扱き使うつもりでいやがる)


 不快だった。それでも口では従順に応じて軍議を終える。




 マルコスは騎馬隊の支度を眺めながら、自分も大人になったものだと感慨にふける。彼は元々辺境の町に生まれ育ったが、周囲と衝突が絶えず町にいられなくなった経緯がある。


 子供の頃、マルコスは馬が好きだった。そして辺境では異民族と出会うことも少なくない。そのうち友好的な部族と交流を深め乗馬や騎射を教わった。

 そんなマルコスに町の有力者から声がかかる。異民族の騎兵を集めた騎馬部隊の編成計画が持ち上がり、その指導役を任されたのだ。マルコスは優れた騎兵を募集し一軍を編成すると、国境紛争や他国との戦争で手柄を立てた。


 だがヘラス人の全てが異民族を歓迎するわけではない。徐々に周囲と軋轢が増す中、マルコスの部下たちが傷害沙汰を起こすと部隊は解散を命じられた。


 この処罰にマルコスは大人しく従わなかった。町を出て流浪の傭兵となり、受け入れてくれる場所を探しさまよった。だが札付きとなった彼らを受け入れる町はなかなか見つからず、山賊になるしか無いかと悩んでいた所、パラス市のテオドロスが声をかけたのだった。


(俺に命令できるのはテオドロスだけだ)


 それでも今回は、彼自身が望んで戦場に立っていた。チベ市、それ以上にペロニダスという男は何かしでかす。そんな直感が彼を動かしている。


(お手並み拝見といこうか)

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