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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第三章 野望争覇
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  熱砂の記憶⑥

挿絵(By みてみん)


「そろそろ始まっている頃かな」


 トゥネス自治領の艦隊が出撃して二ヶ月以上経つ。彼らは都市連合から寝返った島々を橋頭堡にしてヘラス本土へ攻め込んだ。だがその軍隊には、ハンノの潜り込ませたテオドロスという毒が仕込まれている。


(せいぜい上手く踊ってくれよ)


 ハンノという男は温厚に見えて、三十人衆を長年務める男である。口で言うような平和主義者ではないし、テオドロスに恩徳を施す男でもなかった。都市連合は他国と争って共倒れするのが理想だ。テオドロスを通じてそう仕向ければ良い。もし逆らうならば失脚に追い込む策はある。


(仕事は上手くこなすだろう)


 その点に関しては信用していた。ハンノが指名した裏切り者二人を殺し、陣中を混乱させた後にパラス市へ駆け込む。それが上手く行けば自治領の、海洋派の軍は撤退せざるをえない。それでいい、戦争好きな者たちに冷や汗をかかせてやれ。

 その際にテオドロスを起用したハンノは糾弾されるだろうが、乗り切る自信はあった。近い将来に元は取り戻せる。




 しばらくして戦場から報せが届くも、その内容にハンノは一瞬寒々としたものを感じた。遠征軍は半壊、出征した三十人衆は七人全員が死亡。


(戦場では何が起こるか分からないものだが……)


 それにしても、いささかやりすぎだ。海洋派が勝つのは好まないが負けすぎても困る。


(まあいい、立て直しが必要なところで貸し付けてやる)


 その後のハンノは忙しく駆け回った。敗戦の責任を弁明し、内通を疑われれば反論する。その一方では水面下で金を配り急場をしのいだ。


 やがて事態が収拾する頃には失墜するはずの信用を埋め合わせ、逆に利益まで生み出してしまった。三十人衆に七人も死者が出るという異常事態が空隙を生み、ハンノが巧みに泳ぎ切った結果である。


(この点ではテオドロスに感謝しよう)


 そしてテオドロスはというと、その後も戦果を上げていき数年後には将軍職に選出された。ここから二人の提携は本格化する。


 海洋派が再びヘラス地方に攻め込んだ時は、ハンノから補給経路の情報を流し、テオドロスに潰させた。自治領だけでなく帝国の内情なども調べ上げ、テオドロスの作戦に役立てた。

 そしてハンノはテオドロスが勝つ前提で金と物を動かす。かのリデア動乱においても、ハンノは都市連合が勝つと見込んで投機に励んだ。周囲からは早計とも言える動きだが、彼にすれば八百長試合に賭けているようなもので、大きな利益を生み出したのだった。


 そうして、かつては強大だった海洋派の力は削ぎ落とされ、反対にハンノは自治領内での力を高めていった。


(今はその調子で勝ち続けろテオドロス、我が闘士)


 だが最終的に勝つのは自分だ。まずは自治領をこの手に握る。帝国と都市連合が疲弊すれば更に利益が上がる。ハンノは未来に絵図を広げ、ひたすら算盤を弾き続ける。



***



「旦那様、旦那様」


 執事のシメオンがテオドロスの寝室に呼びかける。起き出してきたパラスの英雄はいかにも寝不足という顔で欠伸をした。


「また夜までお仕事でしたか」

「うむ……手紙と書類を捌いていた……」

「お疲れでしょうが、今日はリリス嬢が町にお戻りになる日ですよ」

「ああ、そうだった」


 リリスは戦場となった青海沿いの地域を支援するため、パラスを出て忙しくしていた。その事業に区切りをつけて帰国するのだが、テオドロスが出迎えてやらねばスネてしまうかもしれない。


「夕方までに用事を片付けよう、今日の予定は?」

「午前に会合、午後に軍議があります。それとは別に面会の申込みが数件ありましたが」

「軍議はカリクレスに任せられないか?」

「またお小言を言われそうですが」


 二人で苦笑した顔を見合わせながら外出の支度をする。そこで両手に書物の巻物を抱えたガトーが通りかかった。


「閣下、今からお出かけですか?」

「うむ。ガトーは非番だったな、ゆっくり休め」


 この日、ガトーはエウポリオンを訪ねた。前に借りていた本を返しがてら、次に読んでみたい本を探すためだ。


「やあガトー、前の本はどうだった?」

「とても興味深いものでした。ヘラスの文字や言い回しにも慣れてきましたよ」


 このテオドロスの従弟は歴史学を修める傍ら様々な蔵書を抱えていた。そこにガトーが興味を示すと快く貸し出し、難しい内容も教授してくれるようになったのだった。


「ガトーがこんなにも勉強好きだったとはね」

「自治領にいた頃は本など読んだこともありませんでした。閣下に連れてきていただかなければ無縁なままだったでしょうね」


 明日をも知れぬ奴隷兵士たちにテオドロスが話したことを、ガトーは覚えている。彼は約束通りガトーたちをまだ見ぬ世界に連れて来た。奴隷のままでは知ることのできなかったであろう諸々を見せてくれた。

 そしてこの先も、思いもよらぬ体験を得られるだろう。そしてガトーはテオドロスの背中を追い続けるのだと、理由もなく信じていた。

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