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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第三章 野望争覇
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1.熱砂の記憶①

 大陸歴の一〇三二年。この年、アリアナ帝国で大貴族たちによる大王への反乱が起きた。両者は和睦により矛を収めたが王室権威の失墜は明らかであり、周辺諸国も情勢の変化を注視していた。


 そんな歴史的事件とは別のところで、人々の運命を変えてしまう出来事が起きていたのだが、気づいていた者はほとんどいない。



***



 <ヌビア古王国>。その名前は人々に悠久の歴史と色あせた繁栄を想起させる。大陸でも早期に文明を興したその王国は、多くの遺構と文化の名残を残して消えていった。原因として地勢的、時勢的要因等が論じられるも、定説の定着には時間が必要である。

 

 古の繁栄は茫漠たる砂に覆われ、今は後から入植したアリアナ人やトゥネス人による都市が文明を営んでいた。

 とにかく砂が多い。水流豊かな河川地帯を離れれば乾燥した土地が続く。この砂が古王国を滅亡させたのではないかと、人々は目をこすり嘆息するのだった。




 砂漠を歩く男がいる。身にボロをまとい足元はおぼつかない。荷物もろくに持たず砂漠を越えるには無謀に見えた。


(もう少しなのだが、甘かったかな……)


 後悔はするが仕方がなかった。男は逃亡している。アリアナ帝国の(くびき)から逃れトゥネス自治領の領域へ。その手足には鎖の跡といくつもの傷があり、男が囚われていたことを伺わせる。


(ここで死ぬなら所詮その程度)


 投げやりな言葉が脳裏を埋める。それでも足は砂を踏み前へ進もうとした。欲望か目標か、あるいは生への執着か。それは分からないが、心の底で燃える熾火(おきび)が彼を今も立たせている。


 風に煽られ男が膝をつく。立ち上がる気力も残っていないのか、そのまま寝転んで動かなくなった。


(ここなら……)


 力は無い。だがその目で確認した地面の(わだち)に男は一筋の希望を託す。




 そこは街道である。しばらくして軍の一団が通りかかった。彼らは道の外れでハゲタカが飛ぶのに気づき、その直下で行き倒れた男を見つけた。


「死んでいるのか?」

「いえ、息があります」

「ふむ。水を飲ませて捕虜と一緒に運んでやれ」

「助かるでしょうか?」

「死んだらそこまでだ」


 むしろ死んだほうがマシかもしれない、と兵士は思う。今連れている捕虜はトゥネス自治領で奴隷とされる。この行き倒れも同様に売られていくだろう。


「所詮、俺たちの明日も金次第か」


 兵士の嘆息が風に吹かれて消えていった。ここはヌビア地方。かつて古代の王国が栄え、今は帝国と自治領が奪い合う豊かな土地である。



***



挿絵(By みてみん)


「では、これにて合意ということでよいな」

「足を運んだ甲斐があったよ」


 二人の男が握手して商談が終わった。一人はガラン。雄大な巨躯を持ち、見るからに武闘派な男である。

 もう一方はハンノ。人が良さそうな穏やかな中年男だ。妙な取り合わせに見える二人だが、彼らはともに大商人であり、トゥネス自治領を運営する<三十人衆>の一員である。


 ここトゥブクの町は自治領にとって東の要衝。砂漠に囲まれたオアシスであり、ガランが支配する商業都市だ。自治領においては王や貴族などは存在せず、ひたすら金を積んだ者が上に立つ。


「ハンノよ、町にはどれほど滞在する予定だ?」

「思ったより早く商談が成立したから、もう何日かゆっくりしようかと思っている」

「ならば宴を準備させよう。闘技場にも寄って行くと良い、ちょうど試合がある」

「ハハッ、血の気の多いことだ」


 自治領では闘技場を持つ町がいくつかある。そこでは各種競技や戦士の戦いが催され、市民の娯楽として供されている。富裕な商人たちも楽しむだけでなく賭博を仕切って利益を上げていた。




 翌日、闘技場に観客の熱気が満ちた。体力自慢の市民たちが参加し、腕力や脚力を比べ合う。賞金目当ての剣闘士たちが命を奪い合う。剣戟と歓声が混ざる血なまぐさい熱狂の中、最後に行われるのは多人数同士での殺し合いだ。


「闘士たちは舞台へ!」


 掛け声を受けて現れたのは二十人の男たち。ただの剣闘士ではない。片や町の重犯罪者、死刑囚。もう一方は戦争奴隷たちがそれぞれ十人ずつ、剣と盾だけ与えられている。


 これはガランが定期的に開く試合という名の公開処刑だった。死刑囚たちは勝ち残れば罪を赦され釈放される一方、奴隷たちは鎖で繋がれた生活の第一関門となる。


「相変わらず良い趣味をしている」


 ハンノは苦笑したが、内心気乗りしない興行だった。戦わされる者たちに同情しているのではない。ただ野蛮だと思うのだった。

 そのハンノの目に一人の奴隷が映る。まだ少年らしさを残したヘラス人の若者だ。


「……ヘラス人が一人いるな。どこの戦場から連れてきた?」

「奴隷は帝国軍の捕虜だが、あの小僧は道で拾ったようだ。逃亡奴隷だろう」

「ふぅん……」


 それ以上ハンノの興味も続かず、やがて試合開始を告げる太鼓の音がなった。観衆の血走った眼が舞台の闘士たちに注がれる。だが戦いは、彼らの熱気を他所に静かな立ち上がりを見せるのだった。

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