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太陽の王冠 月の玉座  作者: ふぁん
第一章 魔導戦線
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  辺境の魔術師②

 大陸歴一〇四二年の五月、レミタスで勝利したヘラス都市連合軍は解散し、それぞれの帰途についた。パラス市の軍隊が町に帰還したのは一六日のことである。

 その日、町は兵士たちの凱旋に沸き立った。この度の戦いでは損害らしい損害も出ず、多くの市民が家族の、友人の、同胞の無事な帰りを喜ぶ。

 その勝利をもたらした司令官のテオドロスは、ヘラス中で若き英雄としての名声を確固たるものにしていた。


「いい気なものだな……」


 一面祝賀に湧くパラス市にあって眉を曇らせる者がいた。パラス市の国政を担う議会で、一部の議員が英雄の帰還に冷ややかな目をする。もっとも、彼らが冷淡になるにはそれだけの理由があったのだが。


 翌日、テオドロスは議会に召還された。

 都市連合を形成するヘラス地方の都市国家群は、その大半が議会を持ち、民主主義による国家運営を行っていた。都市ごとに差異はあれど、市民一人一人が政治に参与でき――女性と子供、外人に奴隷は別である――個々人も自由民としての誇りを持ってきた。

 中でもテオドロスを囲んだ議員たちは国家の中枢を担う<執政官>たちだ。


「テオドロス将軍。まずは此度の勝利、見事。すべての市民を代表して感謝する」

「はっ」


 執政官を代表したニコスの言葉にテオドロスが頭を軽く下げる。若く涼やかな男で屋内にあっても風がそよぐような爽やかさがある。


「レミタス市の処遇については連合理事会で協議することになるだろう。……問題は将軍についてだ」


 ニコスは咳払いしてから本題に入る。


「ラケディ市から抗議が入っている。町を降伏させた際、他市の兵士たちの進駐を禁じたのは事実かね?」

「おおむね事実です」


 テオドロスの返答に議場は軽くざわついた。できれば間違いであってほしかったという反応である。


「何故そのような命令を出したのかね?」

「彼等の目的は略奪です。そしてレミタス市は我らと同じヘラス人の町。それを護ることに不思議は無いかと」

「だが勝者の当然の権利ではないか。命をかけた兵士は報われて然るべきだ」

「ではレミタス市に賠償金を請求し、兵士への慰労金に当ててはいかがでしょう」


 追求には動じること無く平静に答えるテオドロス。ニコスは息子のような歳の将軍に関心する一方、ことはそう単純でもない。


「将軍は英雄となり、我々は金をせびってレミタス市民の恨みを買うわけか」

「これ、マヌエル」


 その皮肉は別の執政官マヌエルから飛び出した。


「マヌエル殿、恨まれるかどうかは交渉次第でもあります」

「その交渉も、他国からの抗議も、すべて我々が対応するのだぞ。君の行き過ぎた行為のおかげでな」

「まあまあ、落ち着きたまえよ。過ぎたことは仕方ないから対応について話そうではないか?」


 穏健なクレオンや他の執政官たちが間に入り意見が飛び交う。だがラケディ市の抗議にどう応えるか、謝罪するか跳ね除けるかで意見が分かれた。


「将軍は総司令官として命令を出しただけだ、糾弾される筋合いは無い」

「だが連合軍は共闘関係であって、上下関係ではない」

「それに相手は最強陸軍、強硬外交のラケディ市だぞ」

「とにかく宥めて外交問題に発展させないことだ」

「謝罪するとすれば何らかの形を示さねばなるまい」


 期せずして皆の視線がテオドロスに集まる。それを彼は、やはり静かに受け止めた。


「……ではこのテオドロス、責任をとってパラスの将軍位を返上しましょう」




「あの若さで引き際のいいことよ」

「欲が少ないのさ」


 議会が閉会した後、執政官たちは別室に移り雑談の中にあった。


(……いずれまた将軍に再任されると思っているのだろうさ)


 マヌエルはそう見なしていた。パラス市の将軍職は戦時を除けば一年ごとに改選される。市民による投票で決まる以上、再任は間違い無いだろう。


「ラケディ市はどうにか収めるとして、レミタス市のほうだが。却っていい方向に転んだかもしれんぞ」

「何故だ?」

「今後、連合から賠償を請求したとしよう。だがパラス市は請求を取り下げる。そうすればレミタス市民は我らに心を寄せるようになるだろう」

「なるほど。我らと盟約を結んでくれれば連合内での影響力も増すというものだ」

「兵士への補償は別の伝手を考えればいい」


 あるいはそこまで考えていたのか、と思う者もいたが彼の胸中までは分からない。だが一通り議論を終えて執政官たちの心証は和らいだ様子だった。


「彼の父親も中々の政治家だった。幼い頃から薫陶を受けていたのだろう」


 クレオンなどはそう褒めそやした。


(皆忘れてしまったのか、それとも忘れたいのか……)


 対してマヌエルは変わらず、憮然としたまま沈思黙考する。


(かつてテオドロスの一族は、市民の手でこの町から追放されたのだぞ……)



***



 パラス市の郊外にテオドロスが所有する工場がある。ここでは熟練工の手により武具や兵器、日用品まで上等な製品が生み出される。

 その一角、人目につかない区画に隠れた地下室があることは誰にも知られていなかった。


 地下へと通じる暗い階段をテオドロスが下りる。共には側近の戦士ガトーだけ。扉を開くとそこは薄暗い工房となっていた。


「たまには陽のあたる場所に出てくればどうだ?」


 テオドロスの視線の先で老人が道具をいじっている。名はヨギ。肌が浅黒く陰気そうだが、暗がりの中で金色の瞳が異様に輝いて見えた。


「あいにく人目につくのが好きではなくてな、テオドロス将軍」

「貴様専用に温室でも作らせようか。これからまだまだ働いてもらわねば困るのでな」

「ククッ、将軍は人使いが荒い」

「それと将軍の職は返上してきた。しばらくはただのテオドロスだ」


 ヨギは軽く目をむいた。


「返上したのか。せっかくその地位まで登っておきながら」

「求められたから務め、求められたから返した。それだけだ」

「それで、何か得るものはあったかね?」

「戦場で帝国の魔術師を捕虜にした」

「ほぅ」


 テオドロスはレミタスの戦いにおいて、敵の魔術師を極力殺さず捕らえるよう命令していた。ヨギが口の端を若干上げる。


「それは助かる。この爺だけでは、これ以上に魔導の兵器を作るのは骨が折れる」


 工房内の机には帝国軍撃退に戦果のあった“魔導砲”がいくつも転がっている。


「人数は少ない。従順でもないが、時間をかけて協力させる」

「そうしてくれ、魔術師の魔力無しでは充填もできぬ」

「それとレミタス市の技師を招聘できそうだ」


 魔導砲を手に取り構えるテオドロス。


「初めて実戦に用いたが、まだまだ改良の余地はありそうだ」

「増産はその先になるかのう」

「いや、今のままでも数を増やして構わん。改良品ができたらそれを我が軍で使い、古くなった物は他国へ払い下げる。その資金をさらなる開発と製造に当てる」

「他国に売ってしまってよいのか?」

「同盟国に対してだけだ。技術流出に関しては、魔術師がいなければ使いこなせん」

「なるほど」


 ヨギがまた声に出して笑った。


「魔導の兵器を買った側は、技術的にも国防面でもパラスに依存する。兵器を拡散してもパラスが、否、お主が軍事的優位を保てるというわけだ」

「先のことまで考えてこそだ」

「怖いな、どこまで考えているやら。国でも滅ぼしそうだわ」

「求められれば、そうしよう」


 ヨギとお供のガトーが同時にテオドロスを見やるが、当の本人は相変わらず涼やかな顔である。


「それよりもヨギ、読めないのはお前の腹だ。魔導の兵器で私に何をさせるつもりだか」

「ククッ……」


 テオドロスたちが退出し、暗い工房に一人残されたヨギは、満足げに笑みを浮かべた。


「そうでなくてはな……」

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