リーナ視線2 雷撃は空を走りました
女が一瞬で爆裂魔術を発動したのだ。
この女は桁違いだ。私は驚いた。無詠唱で魔術を発動するだけでも凄いのに、一瞬で黒焦げにする事ができるなんて。余程名のある魔道士なのだろう。
「こうなりたくなかったら直ちに降伏せよ」
女の言葉に騎士たちは戸惑った後に降伏した。
「危ういところお助け頂きありがとうございます。私はこの国の王女リーナ・インダルと申します」
私は頭を下げた。
「私はジャンヌだ。横の男がアレク」
女は私が王女だと聞いてもびくともしなかった。平然としていた。
普通もう少し丁寧になるのに。余程の礼儀知らずなのだろうか。
私はよく知らずにとんでもないことを考えていた。
「お前がソニアから助けるように頼まれていたリーナか」
「ソニアのお知り合いですか」
私はいきなり平民と思われる女に呼び捨てにされたのも驚いたが、ソニアに頼まれたというのにも驚いた。ソニアは私のために傭兵を雇ってくれたのだろうか。そんな事は聞いていなかったが。
「うーん、ソニアと賭けをして負けてしまったんだよ」
「賭けで負けて私を助けに来ていただいたのですか」
私にはよく判らなかった。私を賭け事の対象にするなんてどういうことだろう。それも私を助けるということは命を危険に晒すということなのだが、理解していただいているのだろうか。
私はよく判らなかった。
それにこの場馴れした感じ。そして、その顔がどこか見覚えがあるような気がした。
その時だ遠くから騎馬が駆けてきた。
「私トリポリ王の騎士を務めておりますがリーナ王女殿下であらせられますか」
騎士は私の目の前で跪いて言った。
「はい。そうですが」
「主がそこまで参っております。宜しければそこまでご足労願えませんか」
騎士が折り目正しく言う。
私が頷こうとした時だ。
アレクという男が私を遮って言った。
「トリポリ国王風情が人を呼びつけるとはどういう事だ。直ちにこちらに挨拶に越させろ」
私はその声に蒼白になった。いくら強いとは言え、私はトリポリ国王陛下の好意にすがろうとしているのだ。それをそんな物言いするなど。
「貴様に言っているのではない」
騎士が不機嫌そうな顔で言い返した。
その瞬間アレクが騎士を張り倒していた。
な、なんて事をしてくれるのだ。この男は。ソニアも、なんて言う礼儀知らずな男を寄越してくれたのだ。私はこの場をどう取り繕うかと悩んだ。
「貴様らトリポリ人はいつも礼儀を知らん。今度は町ごと燃やしてやろうか」
アレクがニヤリと笑ったのだ。
私はその笑みにとてつもない恐怖を感じた。
そう、この笑みはどこかで、見たことがあった。確か、絶対に逆らってはいけない男だった。名前は確か・・・・私の躰には恐怖の悪寒が走った。
それ以上に騎士は驚いたようだ。
「貴方様は・・・申し訳ありません。直ちに国王を参上させます」
騎士の顔は驚愕に満ちていた。
しかし、騎士が慌てて遠くにいる馬車に飛び帰ると、もっとありえないことが起こった。
馬車の扉が爆発したように開いて、普段は傲慢と聞いているトリポリ王が弾かれたように駆け出してきたのだ。
周りの者はそれを唖然と見ていた。
「も、申し訳ございません」
近くまで来るとトリポリ王はなんと、平伏したのだ。
トリポリ王が平伏する相手なんて知らない。
「いらっしゃるなど、知りませんで、ご無礼いたしました。
ええい、その方共も何をしている。平伏するのだ。こちらにおわす方をどちらと心得る。アレクサンドル・ノルディン帝国皇太子殿下とジャンヌ・マーマレード皇太子殿下にあらせられるぞ」
私はその言葉で、出なかった名前を思い出した。赤い死神だと・・・・・
ノルディン帝国最強の魔導騎士で、彼によって消滅された国は片手では収まらない。
そして、その彼と互角の戦いをしたマーマレードの最終兵器、ジャンヌ皇太子、別名暴風王女だ。
うそ、ソニア、どうやってこんなすごい人達と知り合ったのよ。それも私の後ろ盾になってくれるように頼んでくれなんて・・・・。
私も含めて周りの者は慌てて皆跪いていた。
「トリポリ国王。その方、何故こんなところで油を売っている。貴様とはクロチアで会同するはずであったが」
「遅れて申し訳ありません。そこのインダル王女より援助の依頼がございまして」
「ほう、リーナ王女がか。それは崇高な心意気よな」
「はっ。私めもクリス様の心意気を少しは真似ようと存じまして」
得意げにトリポリ国王は言う。良く言うわ。私を妾にしようとしたくせに。私は白い目で見た。
「ふんっ、白々しい。その方がただて引き受けるとは思えんが。どのみちそこな王女を側室にでもしようとしたのであろう」
赤い死神はよく判っていた。
「そのようなとんでもございません」
「そこな王女に聞いてもよいが」
「も、申し訳ございません。このトリポリ王、人の欲望に負けてしまいました。二度と致しませんので、何卒お許しを」
トリポリ国王は平伏した。本当に節操のないほど形振りかまっていなかった。いっそ潔いと言えるほどに。そう、この方にはそう接したほうが良いのかも知れない。どのみち裏もすぐに読まれるのだ。
「ふん、どうだろうな。筆頭魔導師様はそのようなことを大変嫌われる。もしこの事、そのお耳に入ったらいかようになるか」
「申し訳ありません。何卒何卒このことはご内分に」
トリポリ国王は見ていて可愛そうになるほどだった。でも、トリポリ国王は赤い死神よりも筆頭魔道士の方を怖れているけれどどうしてなんだろう。巷では筆頭魔道士は皇太子達の傀儡だとか言われていたんだけど。私にはよく判らなかった。
「うーむ、どうしようかの」
「アレク、トリポリ国王で遊ぶのもほどほどにな。それよりソニアはどこにいるんだ」
横からジャンヌが出て来た。そうだ。ソニアだ。
「ソニアは城内にまだいるかと」
ルドラが返事した。
「えっ、ソニアをおいてきたのか」
ジャンヌが驚いて言った。
「ソニアは王女のために時間を稼ぐと申しまして」
「な、なんだと、じゃあ捕まっているのか」
ジャンヌは慌てたようだった。
「ルドラどういう事。そんな事聞いていないわ」
私は驚いた。王妃に捕まったら何されているか判らない。ソニアがいないと気づいた段階でその事を考えるべきだったのだ。
その時だ。頭上を凄まじい光の帯が飛んでいくのが見えた。
「な、何だこれは」
皆慌てふためいた。
そして、次の瞬間遠くで爆発音がした。




