アルバート視線10 筆頭魔導師様は王女の侍女にハンカチのお礼を言いました
筆頭魔導師様が黒死病菌を浄化された!
その報はまたたく間にボフミエ全土というか、世界中にあっという間に広まった。
ボフミエ全土はお祭り騒ぎになった。
黒死病の恐怖も筆頭魔導師様がいらっしゃる限り無くなったのだ。筆頭魔導師様が自ら危険を冒して浄化するのが良いかどうかはまた別の問題だが、魔王陣営にはショックを与えたのは確実だった。
宮廷に帰還すると、クリス様はソニアにハンカチのお礼を言いに行きたいとおっしゃられた。
「しかし、クリス様。ソニアはクリス様の正体を知りませんが」
「うーん、本当ね。やっぱり私の変装が完璧だからだわ」
クリス様は自画自賛して喜んで言った。
ただし、俺がついている時点で貴族たちの多くは疑っている。
それにクリス様の魔導実技の特別扱いとか見ていて、トリポリの皇太子のタールなんかはすれ違う度に深いお辞儀をしてくるし、多くの貴族令嬢は遠巻きに見ていた。判っていないのはソニアとか突っかかってきたデニスくらいだ。
「じゃあ、また、変装して学園に通います」
と言われたが、魔王の動き等がどうなるか不明な事もあって、周りからの猛反対で却下された。特に内務卿がうるさい。
仕方無しに、そのまま筆頭魔道士として学園を訪ねる事にされた。最後まで心配してオーウェンがついてくると言っていたが、隣の学園に行くのに必要はないとクリス様に言い切られて、渋々ついてくるのを諦めた。
そして、学園の応接室でソニアを呼んでもらう。
しばらく経ってソニアが学園長と入ってきた。
「ごめんね。授業中呼び出して」
クリス様がソニアに声をかけた。
「ひっ、筆頭魔導師様におかれましては、この度のご活躍おめでとうございます」
慌ててソニアは跪く。ソニアはパニクって噛みまくっていた。平民クリスと同じだとは全く気付いていないみたいだ。愛称も同じだし、だてメガネして髪の色と目の色を変えているとはいえ、いい加減に気づけよと思わず思ってしまったが・・・・
「えっ」
その様子にクリス様までが固まっていた。だから気付いていないんですって。
俺が目で合図するとクリス様も頷かれた。
「ソニアも跪いていないで、その席に座って」
「えっ、しかし、恐れ多いのでは」
我に返った筆頭魔導師様の言葉にソニアはまだ怯えている。
「良いから、ソニアも座りなさい。どうしてもお礼を言いたいそうだから」
横から学園長が助け船を出す。
「そうよ、ソニア、アメリアお姉さまの言うように座って。ボフミエ魔導国はそんなに上下関係が厳しくないし、ここは平等の魔導学園なのだから。それに今更って気がするんだけれど・・・・」
クリス様が言う。だから最後の事は本人は判っていませんて。
俺はソニアに席を指差した。
「失礼します」
ようやくソニアは席についた。
「あなたのくれたお守りのハンカチ、本当に為になったわ」
クリス様は平民クリスがもらったハンカチを取り出した。
「えっ、それはクリスに渡して頂いたものでは」
その言葉にクリス様はそうだったと思い出したようだ。何回も言っているのに、絶対にクリス様も天然だ。天然同士だからソニアと仲良くなったのだろうか。
「あの、クリスは戦場に出なくって代わりに無理言って私が貰ったのよ」
クリス様が下手な言い訳をした。
「えっ、私の拙いハンカチをですか」
ソニアが固まる。そらあそうだろう。俺のに比べて簡単な刺繍のハンカチだ。そんなのを最高指導者に使われていたと知られたら青くなる。そもそも、俺のに比べて酷いとクリス様は拗ねていたのだ。
「なんかアルバートのに比べるとシンプルだったけれど」
更に追い打ちかけていた。これ現地でも散々ブツブツ言われたんだよな。クリス様も案外根に持つ。
「すいません」
ソニアが下を向いて青くなっていた。
「ううん、クリスがブツブツ言っていたから」
そのクリス様の言葉に更にソニアはいたたまれなくなったようだ。
「まあ、恋人に贈るのと友達じゃあ違うわよね」
そこにクリス様の爆弾発言が。
「いえ、そんな事は」
「そうです。私はソニアとは恋人ではないです」
ソニアの否定に俺も必死に否定した。
でも、これは強く言い過ぎたようだ。何故かソニアが涙目だ。
えっ、そこで泣く。迷惑かなと思って否定したのに。でも付き合っていないし・・・・
俺は心のなかで葛藤した。
「酷い、アルバート。ソニアにそこまで言う」
クリス様が白い目で見てきた。いやいや、あなたが言うからでしょう。
「いや、ソニア、違う。そう言うことでは」
俺は必死に言い訳しようとした。
「いえ、私は平民の女ですし、アルバート様には護身術を教えていただいただけの関係ですから」
ソニアは少しブスッとして言った。
えっ、そこまで言われると少し落ち込む。何故かとても胸が痛くなった。
「なんだって、アルバート。残念ね」
筆頭魔導師様が俺に更に塩を塗り込んでくれた。
「何が残念なんですか」
俺は必死にショックを受けていないように平静心で答えた。
「だってアルバートったらあなたから貰ったハンカチ、とても大切にしていたのよ。自分で洗っていたし」
「ちょっと待って」
クリス様、何をばらしてくれるんですか。俺は真っ赤になった。
「えっ」
クリスも何故か赤くなっている。
「それよりも。筆頭魔導師様。ソニアに言うことがお有りでは」
俺は誤魔化すように言った。何故か学園長の視線も冷たい。
「そう、私の貰ったハンカチと言うかあなたがアルバートに上げたハンカチを見比べて、アルバートのには風車があったじゃない」
まだ言うかと俺は思った。
「あれを見て風車がぐるぐる回って黒死病の菌を集められないかなとイメージできたのよ。黒死病菌を集めて浄化が出来のはソニアの刺繍があったからよ」
そう言うとクリス様はソニアの手を取った。
そんな事があったのか。散々人のハンカチは手が込んでいる、手間を掛けている、それに比べて私のは全然だ。心のかけ方が違う、私はソニアに愛されていないとか言いながら人のハンカチをジロジロ見ていたのに。
「どうもありがとう」
ソニアはクリス様に手を握ってお礼を言われて固まっていた。まあ、筆頭魔導師様が平民クリスだと判っていないので、超絶偉い人にお礼を言われて我を忘れているのだ。
「えっ、そんな、私なんかにお礼を言われても。それも単に図案ですし、もとはアルバート様の紋ではないですか」
ソニアは驚いて言った。
「でも、それを見て思いついたのよね」
「浄化されたのは筆頭魔導師様ですし、私の刺繍を見て思いつかれたのであればとても光栄です」
ソニアは少し持ち直して答えた。
「お礼は何が良い?」
クリス様が聞く。それ聞くのか。元々ソニアの希望は知っているよね。それ学園長の前で聞くか。学園長の視線が怖ろしい事になっているんですけど・・・・
「いえ、そんな」
ソニアは慌てた。お礼に何が良いか聞かれるなんて思ってもいなかったのだろう。
「あなたの希望はインダル王女を助けることよね」
えっ、拙いハンカチ1枚で王女を王位につけるの。そんな事知られたら、各国の王位継承争い、貴族の継承争いを納めるために大量の貢物が届くことになるんですけど。
「クリス、何言っているのよ。内政干渉やるだけの余裕がこのボフミエ魔導国にあると思うの?」
さすがに学園長が止めた。
「えっ、でも」
「やっと飢饉が終わったと思ったら今度は魔王よ。対策にどれだけのお金と人員がかかっていると思っているのよ。そんな余裕ボフミエ魔導国にあるわけ無いでしょ」
そこから怒涛の説教が授業のチャイムが鳴るまで延々と続いた。
そう、クリス様は執行部の中でも年若く、元の地位はマーマレード王国の侯爵家令嬢と地位が低いのだ。対してこの学園長は、地位こそ学園長だが、マーマレードと同等の力をもつ、テレーゼの皇太子なのだ。
赤い死神や暴風王女はいろいろなことがあるので、クリス様には頭が上がらないが、テレーゼの皇太子は容赦がなかった。年上で親戚なので、昔からパワーバランスは上だ。
いつもはこの学園長と我がドラフォード王国の皇太子が手を組んで、強硬派のノルデイン帝国の皇太子とマーマレードの皇太子に対抗しその間にクリス様がいてバランスを取っているのだ。
一対一では流石に分が悪い。
もっとも、これだけ怒られていても、クリス様は切れるともう制御は不可能になるのだが。
親しいものや国民が傷つけられた途端に豹変するのだ。それを知らない自国貴族の振る舞いもムカつくのだが。
延々に怒られて、ドンドン頭をたれていくクリス様は可愛そうなヒロインで、どう見ても学園長は悪役令嬢だった。
それを俺達二人は呆然と見ているしか無かった・・・