アルバート視線9 筆頭魔導師様は自ら躰を使って黒死病を浄化しました
黒死病の患者が出たとの報に、俺は唖然とした。
黒死病は死病だ。出たと同時に村全体が閉鎖されて、病原菌が死滅したと思われるまでは何人たりとも外に出ることは許されない。特効薬など何も無い。かかれば治るか死ぬか2つに一つの死病だった。
ここ100年ボフミエで出たことは無かったはずだった。
しかし、魔王に攻撃してくると宣言されたこのワットの地で発生したことで、魔王の関与が疑われた。計画的にこの地に発生させたのだ。
それも軍の主力を集めさせて。
俺は直ちにクリス様に国都にお帰りいただけるようお願いしたが、それは却下された。
病人を見捨てるなどというような酷い施政者にはなりたくないと。
それはアレクやジャンヌが言っても変わらなかった。
その日から次々と倒れるものが続出した。
巷では、脳筋のジャンヌとアレクは絶対に黒死病にはかからないと言われていた。
でも、クリス様は違うのだ。見た目か弱く、いかにも黒死病にかかりそうだ。
しかし、クリス様は病人が集められた建物の中で寝る間も惜しんで看病された。
ゼイゼイ息の荒い子供のタオルを桶に入れて水を絞ると再度子供の額にかける。
「母ちゃん」
子供が間違えてクリス様に手を伸ばす。
「大丈夫よ」
その子供の手を握り返すと子供に微笑むと子供は安心して目を瞑った。
この子供の母親もその横で病に伏せていたのだ。
俺としてはクリス様に子供に触ってほしくはなかった。いつ伝染るか分からないのだ。
しかし、クリス様は頑なに、病人と接触を続けられた。
その時も暗い顔つきでクリス様は立ち上がられた。
しかし、歩き出そうとして体がぐらりと傾いた。
「クリス様」
侍女のアデリナが叫んだ。
俺は慌ててクリス様を抱きしめた。
体が熱い。俺は最悪の状況を覚悟した。
俺はあわててクリス様を部屋に連れ帰った。
どうするというのだ。クリス様が倒れられた。俺がジャンヌやアレクと手を組んで無理矢理にでも隔離すればよかったのだ。
このままでは魔王に確実に負けるし、ボフミエ魔導国は滅亡するだろう。
俺は呆然とした。
「姉さん!」
クリスが倒れたと聞いてウィルが慌てて飛んできた。
「だから言ったんだ。危険だから、病棟に近づくなって」
泣き叫びながらウイルは言う。
「ウィル黙りなさい」
目を開けてクリスが言った。
「施政者たるもの、国の民が苦しんでいるなら、伝染病だろうが、うつる可能性があろうが、
その民に寄り添わなくてはならないのです。
安全だからと後方に隔離されるなどと施政者のすることではありません。
あなたもいずれはミハイル家を継ぐ者として心に刻みなさい」
「しかし、国法でも、黒死病の感染者は隔離しこれに近づくなと」
「そのような国法などくそくらえです。国のトップが患者を見捨ててどうするのですか」
「しかし、姉上までかかってしまっては意味が無いでしょう」
「国民と同じ苦しみを味合わずして、何が筆頭魔術師か」
「なにも同じ病に自ら進んで進んでかからなくても」
「民の苦しみを一緒に体験してこそ施政者なのです」
クリスが言い切っていた。
「アルバート」
「はいっ、こちらに」
「この部屋にはこれからあなた方以外は立入禁止です。宜しいですね」
クリスはウィル、ナタリー、メイ、アデリナを順々に見た。
「ジャンヌ様もアレク様もですか」
「そうです。彼らにはいざという時に対応願わねばなりません」
俺の問にクリス様が答えた。
「これから言うことは成功するまで内密にすること。宜しいですか」
クリス様が俺達を見て言った。
何のことか判らなかったが、取り敢えず皆頷く。
「黒死病にかかって初めてその仕組みが判りました」
「はい???」
俺達はクリス様が何を言っているか理解できなかった。
「これから全ての黒死病菌を集めて浄化します」
「そ、そのようなことが可能なのですか」
俺は思わず聞いていた。
「おそらく出来るはずです。やってみなくては判りませんが」
クリス様はニコリと笑った。
「しかし、すべての菌を集めて浄化するまでに少し時間がかかりますし、その間私の病状は悪くなるでしょう」
「そのような」
「これも全て浄化のためです。しかし、確実なことはまだ判りませんので、皆には内緒ですよ」
「しかし、クリス様。そのような危険なことは」
俺が言ったが、
「アルバート。既にかかってしまったのです。いずれにしても浄化しないといけません。1人分浄化するのも100人分浄化するのも同じなのです」
俺達はクリス様を見た。
「あなた達は私の腹心、すなわち、一心同体なのです。できれば私の心に寄り添ってほしいの」
そう言われれば否とは言えなかった。
クリス様は絶対に黒死病の仕組みを自らの身体で調べるために、病人に寄り添ってうつられたのだ。何ということをしてくれるのか。自らの命を実験台にするなど施政者として許されないことだろう。でも、それがクリス様の良いとこではあるのだ。
俺は諦めにも似た気持ちだった。
翌日からクリス様の容態は悪化した。
熱も上がったし黒点も出だした。
オーウェンからは矢のように電話がかかってきたし、文句も言ってきたが、それは黙って聞き流した。
クリス様の言うように、言われた腹心以外は誰も部屋に入れず、ただひたすらクリス様のために祈った。
2日目に新規の感染者が出なくなり、3日目には感染者の症状も軽くなってきた。
しかし、クリス様の容態は悪いままだった。
このまま、お亡くなりになられたらどうしようと俺らはとても不安だった。
何度も祈ったことのない神に祈ったことか。
私は影に隠れてソニアのくれたハンカチにも祈った。
刺繍されたハンカチは魔除け病よけにもなると言われていたのだ。
そして、何日もやきもちしながら過ごしたが、5日目にしてやっとクリス様の症状は峠を超えたのだった。




