アルバート視線8 ワットの村に黒死病が流行りました
出陣したワットの村は見た感じものんびりした村だった。
放牧された羊がメーメー泣いていたし、村人は突然の大軍に驚いたが、すぐに慣れてくれた。
長閑だった。
最初は魔王を警戒して、ピリピリしていた兵士達も何もない状態が少し続くと、張り詰めた空気もなくなり、鈍り切った躰をほぐすためか、ジャンヌとアレクを中心に訓練が始まった。
俺もその訓練に加わりつつも、休憩時などぼうっとした時に、ソニアからもらったハンカチを見ていた。
それはしっかりとバーミンガム家の紋章の風車が刺してあった。
絶対にこれを刺繍するのは時間がかかったはずだ。クリス様が自分のと違うと拗ねたのも判る。そこまで自分のことを考えて刺繍してくれたんだと思うと思わず口元が緩む。
「どうしたんだ。アルバート。気持ち悪い笑みを浮かべて。そのハンカチがどうかしたのか」
後ろからクリス様の弟のウィルが声をかけて来た。
「ふっふーん」
俺は得意そうに声を出すと
「何でも無い」
そう言うとソニアからもらったハンカチを大切そうに胸ポケットにしまった。
「な、何だ気持ち悪い」
「ふんっ、なんとでも」
俺はお子ちゃまには用はなかった。
「ウィル、駄目よ。アルバートにも遅い遅い春が来たの。静かに見守ってあげないと」
横からナタリーが余計なことを言ってくる。
「春が来るって?暖かくなって頭がバカになること」
ウィルが戸惑って聞く。
「うーん。少し違うけど」
ナタリーが首を傾げた。
「アルバート様は女の子からハンカチに刺繍をしたのをもらって喜んでおられるのですよ」
横からクリス様の侍女のアデリナが言ってきた。
「えっ、今まであれだけ色んなものをもらうのを断ってきたのに」
「そうですよね。名だたる貴族のご令嬢から言い寄られてびくともしなかったのに」
「ついにアルバートも陥落したのか」
ウィルらにバカにされるが
「ふんっ、勝手に言ってろ」
俺はどうでも良かった。
「あれっ、びくともしない」
言い返してくると思っていたウイルはその様子に驚いていた。
「まあまあ、ウイルはおこちゃまだから、大人になったら気づくよ」
「ハンカチなら俺も色々持っているぞ」
ウィルは言うや、ポケットの中から色々取り出した。
どれも折れたり皺になったりしている。
「これはガーネットからもらったものだろう、これはお姉さまから。それにこれはミアから、それとこれは」
ガーネットはオーウェンの妹で今はマーマレードに留学中の王女だ。もらったハンカチは何枚もあるが、どれも結構汚れていた。ずうーっと服のポケットに入ったままであったらしい。いい加減に扱っていたのが、見て取れた。
ナタリーとアデリナは残念なものを見るようにウィルを見た。
「ウィル、何人もの女にもらうのは誠意がないと言われるし、その汚れ様、大切な女性からもらったものはもっと大切にしないと」
俺が諌めるが、
「ハンカチなんて使えたら良いだろう」
というトンチンカンな答えが返ってきた。
まあ、まだ16歳。ウィルに恋愛は早いみたいだ。
「ま、ウイルもう少し大人になったら判るよ」
「なんだよ、その言い方、メッチャクチャムカつく」
俺の言葉にギャンギャン言ってきたが俺は余裕で無視した。
そうだ、このお返しに魔除けのペンダントでもソニアに贈ろう。
物はバーミンガム家の紋を形どったものにして、他の奴らに手を出させないようにしないと。ソニアはドジっ子娘だが、見た目は華奢で可愛い。他の生徒らが手を出さないとも限らなかった。
そんなふうに頭の中がピンク色に染まっていたのが悪かったのだろうか。
その夜にワットの村で、死病と言われる黒死病の患者が出て大騒ぎになったのだ。




