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王女の侍女は大国公爵令息に刺繍したハンカチを渡しました


その日も次の日もクリスやアルバートは学園に戻って来なかった。


魔王対策で大変なのかもしれない。


筆頭魔導師様はカロエの街に慰問に行かれたそうだが、今は宮廷に戻っていらっしゃるそうだ。ということはおそらく今はまだ宮廷にいるはずだった。


今後魔王との戦いになれば、二人共戦場に出る可能性があった。特にアルバートは筆頭魔導師様の護衛だ。危険な戦場に出ることも多々あるだろう。


私は何も出来ないが、二人にお守り代わりにハンカチに刺繍をすることにした。


侍女をしていたので、縫い物は得意な方だ。


私は店で無地のハンカチと刺繍糸を買い求めた。


そして、暇な時間は刺繍に充てた。


彼らがいつ戦場に行くか判らない。


できるだけ早くして、出来たらお会いしたいが、最悪宮廷の侍女のミアにでも渡して、渡してもらおう。


今まで昼はクリスと食べていたが、今はいないので、放課後一緒に訓練していた魔導コースのケチャ達と食べるようになっていた。


「ソニアはその刺繍誰に渡すの」

「出来たらクリスに渡そうと思って」

さっさと食事を終えて始めた刺繍を見てケチャが聞いてきた。私はアルバートに渡すのは黙っていようと思った。


「ふうん、でも2枚あるよ」

「それにこちらのイニシャルはA.Bになっているけれど」

「それにこっちのほうが絶対に手が込んでいるよね」

ケチャたちは容赦がなかった。


ABの方がバーミンガム公爵家の紋の風車も縫っていてとても手が込んでいるのだ。


ちょっとこれ見ただけでクリスは怒るかもしれないし、アルバートは引くかもしれない。


「でも、アルバート様は女性から物なんてもらわれたことがないみたいよ。前に渡そうとした貴族の女生徒が冷たく断られたって」

「そうなんだ」

私は少しがっかりした。


そうだった。アルバートは女性には冷たいのだ。私に色々教えてくれていたのは筆頭魔導師様に言われていたからだった。渡してもすげなく断られるかもしれない。手縫いの刺繍なんて男からしたらとても重いものなのかもしれないし。

何勘違いして縫ってしまったのだろう。


私は頭を抱えたい気持ちになった。


「うそうそ、アルバート様なら貰ってくれるって」

「ソニアといた時、いい雰囲気だったし」

皆慰めてくれたが、私の沈んだ気持ちは中々戻らなかった。


「でも、渡すなら早いこと渡したほうが良いんじゃない。そろそろ筆頭魔導師様はどこかへ出られるそうよ。当然護衛騎士のアルバート様もそれについて行かれるはずだから」


そう聞いたので、慌てて私はその日うちに刺繍を間に合わせると、放課後、ミアに会うべく宮廷に行った。


宮廷は出陣が近いからか人の出入りが激しくて忙しそうだった。


「ミアに会ってハンカチを知り合いに託したいだと」

門番は忙しそうにしていて機嫌が悪そうだった。


「誰に渡してほしいんだ」

胡散臭そうに兵士が聞いてくる。

「あのう、アルバート様とクリスに」

私は仕方無しに言った。学生のクリスの名前は知らなくても近衛のアルバートの名前は知っているだろう。もっとも、名前を言っても取り次ぐなと命令されているかもしれないが。


「で、お前の名前は」

「魔導学園でご一緒させて頂いたソニアと申します」

私はこの忙しい時に来た事を後悔した。日を改めたほうが良いだろうか。でも渡せずに後悔するのも嫌だし。


兵士はどこかへ連絡していた。


「悪いが、ミアには連絡がつかないんだ」

兵士が済まなそうに言った。

仕方がない。また、改めようとした時だ。


「ミアに何か用か」

隣を通りかかった女性騎士が聞いてきた。


「ああ、メイ様。このソニアさんという生徒さんが、ミアに会ってアルバート様とクリスとかいう女性に渡したいものがあると」

「えっ、アルバートにか、というか同じクラスなのか」

女性騎士が私に聞いてきた。


「はいっ。ソニアと申します」

「あっ、思い出した。ドジっ子ソニアか」

「えっ、ドジっ子って」

アルバートは酷い。やっぱり宮廷中に私の噂を広げてくれたんだ。

思わずブスッとしてしまったらしい。私の顔を見てその女性騎士が笑ってしまった。


「いやあ、悪い悪い。アルバートの言い方が面白くしてつい」

アルバートめ。やつぱり碌な噂していないんだ。絶対に許さない。

私はムッとした。


「判った。この子は私が責任持って連れて行く。こちらだ」

宮廷内も出陣が近いからかドタバタしている様子だった。

急ぎ足で歩くミアに慌てて付いていく。


「で、アルバートに何を渡すって」

メイが聞いてきた。


「色々お世話になったので、お守り代わりになればとハンカチに刺繍したんです。それと会えれば友達のクリスにも」

「判った。出陣前だけど渡すくらいの時間はあると思う」

「あのう、時間がなければお渡しいただければ」

私は遠慮しようとした。


「何言っているの。せっかくここまで来たんだから。渡して行けばいいわ」

そのままでかい建物の1階に連れて行かれて、室内に入れられた。


「只今戻りました」

中は広い部屋で20人以上が出陣の準備をしていた。


「うん、その子は?」

騎士たちが私を見る。


「あっ、ソニアどうしたの」

ミアが目ざとく見つけて飛んできた。


「あのう、アルバート様とクリスにお守り代わりにハンカチに刺繍したの」

私がおずおずと袋を差し出す。


「アルバート様とクリスさん?」

ミアが首を傾げる。


「あら、ソニアじゃない。どうしたのこんなところまで」

ミアの後ろに金髪の美しい人が顔を出した。

誰だろう。


「あ、筆頭魔導師様。ソニアがアルバート様とクリスさんにこれを」

私はその言葉に固まった。


げっ、これが絶対に怒らせてはいけないとジャルカ先生が言っていた、筆頭魔導師様。


「まあ、わざわざありがとう」

何故かお礼を筆頭魔導師様に言われた私は慌てて跪いた。


「申し訳ありません。お忙しいところこのような所に罷り越しまして、インダルから参りましたソニア・サンスクリットと申します」


「えっ、あっ、そうね」

私の改まった挨拶に何故か筆頭魔導師様は戸惑ったようだった。

何故戸惑ったか全く判らなかったが。絶対に彼女にもアルバートは碌でもないことを吹き込んでいるに違いなかった。


「アルバート。あなたにもソニアがハンカチ刺繍してくれたそうよ」

筆頭魔導師様がアルバートを呼ぶ。


「えっ、わざわざ刺繍なんてしてくれたのか」

アルバートがやってきて迷惑そうに言う。やっぱり持ってくるんじゃなかったと私は後悔した。


「すいません。あまりうまく出来てはおりませんが、今までのお礼を兼ねて致しました」


「えっ、でもこれアルバートのとぜんぜん違うよ」

何故か筆頭魔導師様がクリス用のを開けてアルバートのと比べているのだ。


「すいません。それは友達用に作ったので」

私は真っ赤になった。


「そうだよね。ごめんなさいね。私が開けてしまって。クリスにはきっちり渡すから。でも、何故アルバートと扱いが違うのよ・・・」

筆頭魔導師様の最後の方の言葉はよく聞こえなかった。がブツブツ文句を言っている。

私は青くなった。筆頭魔導師様のご機嫌を損ねると下手したらインダルが雷撃される。


そこへ文官が筆頭魔導師様に声をかけてきた。


「ゴメン。ソニア、ゆっくりあなたとお話したいけれど時間がなくて。また、お話しましょう」

「あ、ありがとうございます」

二度とお話したくはありませんと本心は絶対に言えなかった。



「アルバート、ソニアを門まで送ってあげて」

私はアルバートに促されて部屋でた。



「はあ」

部屋を出ると私は思わずほっとしてため息をついた。


「どうした。ため息なんかついて」

「すいません。偉い方とお話するのに慣れていなくて」

その私の言葉にアルバートは不審そうにする。


「偉い人?」

「そう、世界最強の魔導師の筆頭魔導師様にお目にかかるのは初めてだったから、粗相があったらどうしようって緊張しちゃって」


「えっ、ああ、そうだったね」

何故かアルバートの目が泳いでいるのが気になったが、今はそれどころではないのだろう。


忙しいから見送りはいいと言う私に、迷うと駄目だからとアルバートは門までついてきてくれた。絶対に勝手に歩かせると問題を起こすと思われているに違いないと私はふんだ。


「ちょっと魔王の件が落ち着くまでは学園には顔を出せないけれど、インダルの件は絶対に何とかするからそれまで頑張って訓練していて欲しい」

アルバートが真摯に言ってくれた。


「あの、アルバート様。魔王の件でお忙しいと思いますので、私のことよりもそちらを優先して下さい」

「すまん。しばらくはそうなるが、そちらのことを忘れたわけではないからな」

「そう言っていただくだけで私は幸せです」

私は礼儀的に言った。



「それとハンカチありがとう。大切に使うから」

私はその気持だけで十分だった。


「ご武運を。必ず生きて帰ってきて下さいね」

「当然だ」

私の言葉にアルバートは頷いてくれた。なんだか言葉だけ聞いていると戦場に行く恋人に別れを告げているようだ。そんな訳はないのに。


私は自分の気持ちを振り切るように門の外に歩いていった。


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