BAR2
その時、
「マスター来たよ〜」
と、店のドアが勢いよく開いて、若い女が3人入ってきた。
「いらっしゃい! カウンター? ボックス?」
マスターと呼ばれたターチンは、笑顔で女性客3人に聞く。
「平日だしカウンターで!」
1人の女性がそう言うと、
「はーい、好きなとこ座って。じゃあ安道、お代わり欲しけりゃ、勝手に中入って作れよ」
「おう」
「あ、お前の梅酒ボトル以外は、一言言えよ」
「分かってるよ」
ターチンと呼ばれたマスターが、女性客の相手をするため、安道の前から移動する。
ちびちびとピーナッツをツマミに、梅酒ロックを飲む安道が、三杯目を作るためにカウンターの中に入ったとき、三人の女達の一人が、
「ねえマスター? なんであの人、勝手に中に入って、お酒作って飲んでるの?」
と、もっともな疑問を口する。
「アイツは、中学の時からの友人なんだよ」
とターチンが答えると、
「常連?」
と、女性がマスターに聞く。
「月に2度くらいかな」
「私達、しょっちゅう来るのに見たことないよね?」
「なかったっけ? まあ目立たないし、見ても記憶に残ってないだけかもよ?」
「そうかなぁ? ねえ、そこのマスターの友達さん、一人より皆んなと飲んだ方が楽しいよ? こっちこない?」
と、安道に声をかけた。
「ん? こんなおっさんと飲んで楽しいか? 邪魔したくないし」
「良いの良いの! 私達いつもこの三人で飲んでるけど、会話のネタが尽きてくるから、誰かをイジった方が楽しいのよ!」
「まあ、そういうことなら」
と、安道がグラスを持って席を移動して、女達の間に座る。
「お兄さん、仕事何してるの?」
と聞かれた安道は、
「公務員さ」
と、当たり障りのない答えを返す。
「公務員かぁ、良いわねぇ安定してて。私達はね、男の憧れナースよ!」
などと言い、グラスを持ち上げて、安道のグラスに近づけてくる。
安道もグラスを持ち上げる。
「かんぱーい」
その後、次々と客が店を訪れ騒がしくなり、ほぼ満席になる。
2時間ほど経った時、
「ところで髪の毛綺麗だねぇ? 撫でて良い?」
安道が両脇では無い女に声をかけた。
「ええ? いいけど〜? なんかエロいこと考えてる?」
と、酔いの回った感じの女性。
「違うよぅ、ほんと綺麗だなって思ってさぁ」
そう言って席を立ち、女が座る席に近づいて、女の髪の毛に、指を入れて撫でる。
だが、櫛のように通した指に、黒いモヤのようなものが絡みつく。
女の髪の毛は茶色なのに。
そのモヤのようなものを瞬時に握りつぶし、カーゴパンツのポケットにそのまま拳を突っ込んだ。
「ねえ? もしかして髪の毛フェチ? 私の髪の毛持って帰ってナニするつもり?」
女が安道の耳元で、小声で囁く。
「い、いや、何もしないよ?」
と、安道が答えたのだが、
「慌てちゃって可愛い。髪の毛じゃなく、私を持って帰ってもいいのよ?」
女の目が、あきらかに安道を誘っている。
「えっと、ウチ、ボロアパートだから……」
「なら、私のマンションに来ればいいわ、店の外で待ってて、すぐに追いかけるから」
そう言って、安道の頬を軽く舌で舐めた。
「ターチン、帰るわ」
安道がそう言って、鞄から財布を出す。
「お前、またかよ」
小声でターチンが安道に言う。
「女に恥はかかせられん」
「たぶん、そういうとこだぜ」
「かなぁ」
「三千円でいいよ」
「いつも悪いな」
「たまには家で寝ろよ」
「一応、着替えには帰ってるよ」
そう言って店を出る。
10分ほど経って、安道が髪の毛を撫でた女が、店から出てきた。
「ごめんね。恭子と美幸がなんで帰るのと、突っかかってきたからさ」
そう言って、安道の腕に自分の腕を絡めてくる。
「えっとここから近いの?」
と、安道が聞くと、
「ん? マンション? 歩いて5分くらいよ」
と、答えられた。
「近いね」
「そうね。着いたらすぐシャワー浴びてね。今夜は寝かせないわよ?」
と言って、安道を見てウインクする。
2人は腕を組んで歩き出す。
時刻は夜の9時前であった。