流れ橋
「北岡署長とは、仲が良いんですか? 親しげでしたけど?」
菊池が安道に聞くと、
「幼稚園から同じなんだよ」
と、安道が答える。
「幼馴染ってやつですか」
「そんなもんさ」
「現場はここから近いんですか? ていうか久御山って、どこら辺の山なんです?」
菊池が宇治署から出て右を向いて、山がある方を見る。
「車で20分くらいかな。てかそっちじゃねーぞ? 山って付いてるけど、山じゃないからな!」
と、菊池の様子を見て、安道がツッコむ。
「ええ? てっきりあの辺の山かと」
「堤防って言ってたろ? 帰ったら地図見とけよ」
「はい……」
そう言って二人は、車に乗り込む。
宇治署を左手に出て、右に曲がり真っ直ぐ走ると、JRの踏切がある。
それを過ぎて近鉄の高架を潜り、右に自衛隊の駐屯地を見ながら西に進む。
国道を南に曲がり、少し進んで西に曲がると、目の前に堤防が見える。
「あれが木津川の堤防だ。流れ橋に続くが、現場は流れ橋とは、逆だな」
そう安道が言った時、警察車両と行き違う。
「逆?」
その道は、人という字のような交差点になり、人の右下から入って来るのだが、そのまま進めば流れ橋だが、現場は左側に曲がった先にあるのだ。
「ここって車通らないんですか?」
菊池が安道に問いかけると、
「河原に遊びにきた人が通るだけだ。どちらに進んでも通行止めだし、車はあの道からしか入れない」
と、安道が説明する。
「なるほど。あ、あそこですね」
と、菊池が指を前方に指す。
現場にはまだ、制服の警察官が立っていた。
2人の乗る軽自動車を、警察官が止める。
運転席側のウインドウを、安道が下げると、
「引き返して下さい。この先には進めません」
と、警察官が言った。
「公安の者だ。2、3気になる事があるので確認に来た。宇治署の北岡署長の許可も貰ってある」
と、安道は公安が持つ身分証を、警察官に提示する。
「公安? 署長に確認しますので、少しお待ちください。あとどのみち車は入れませんので、徒歩でお願いします」
どう見ても公安に見えない安道の服装に、疑問の言葉を言ってから、無線で話し出す警察官。
「あのワゴン車ですね」
と、菊池が安道に言い、
「ああ、そうらしい」
と、安道も同意する。
「署長に確認取れました。どうぞ」
警察官が2人に言う。
車から降りた2人は歩き出す。
警察官から少し離れたところで、
「公安の身分証って、偽造ですか?」
と、菊池が安道に問いかける。
「んな訳ないだろ。本物だよ。お嬢ちゃんだって本物そのままで、回収されてないだろう?」
と、安道が言う。
「ええ、持っていけって言われて、不思議だったんですけど、こういうことなんですね」
「そういうこと」
ワゴン車の前に立ってる警察官に、
「公安の者だ、ちょっと中見せてもらうよ」
と声をかける。
「はい! 聞いています。どうぞ」
と、返って来た声に、手を挙げて応えてから、ワゴン車のスライドドアが開いたままの、二列目のシートに目を向ける。
シートには、血がベッタリ付いてる。
いや、シートだけではなく、車の天井や前列にも、吹き出した血液が飛び散っている。
生きたままで、噛みちぎられたからであろう。
だが、血液は黒く変色しているものと、変色せずに赤いままのものがあった。
「覚えとけ、奴らの唾液が混じった血液は、黒く変色しないんだ」
と、赤い部分を指さして、安道が菊池に言う。
「はい!」
と、素直に返事した菊池。
「ふむ、微かに残ってるな」
と、安道が言うと、
「何がです?」
と、聞く菊池。
「奴らの妖気だ」
「妖気?」
「適性検査の時、多分個室に通されて、椅子に座って待てと言われただろう?」
と、安道が言うと、
「はい、でも部屋に入ったら、一つしかない椅子に、お婆さんが座ってて、座る場所が無かったんですよ。なので立って待ってました」
と、菊池がその時の事を話す。
「その婆さんが千代婆さんだ。千代婆さんを見た時に、何か感じなかったか?」
「え? 特に何も?」
「寒いとか暑いとか」
「ああ! あの部屋はエアコン効き過ぎてて、寒かったです」
「それが千代婆さんの妖気だ」
「え?」
「まず、普通の人間には、千代婆さんは見えない!」
「見えましたよ?」
と、首を傾げた菊池。
「見えるという事は、いわゆる霊感が有るって事だ。で、寒いと思ったという事は、婆さんの妖気も感じる事が出来たって事だ。婆さんに何か言ったか?」
「えっと、お婆さん、この部屋寒くないですか? エアコンの温度上げましょうか? って、言ったかな?」
「それで適性有りと判定されたのさ。ちょっとワゴン車の中に体を入れてみろ」
そう言って安道は、車から離れる。
かわって菊池が、スライドドア付近に近づくと、
「あ! ほんと! 少し冷んやりする!」
と、言った。
「良い感性してるぜ」
「これが妖気ですか?」
「ああ、暑い時やビリビリする時、湿度を感じる時など、色々あるんだが今回はこの冷気だ」
「はい!」
「冷んやりする時は……」
「する時は?」
「死霊だ、暑い時は生霊だが、今回は死霊で間違いない」
「死霊って、実体が無い霊に食べられたって事ですか?」
「いや、死霊に魂を乗っ取られた人間がやったのさ」
「乗っ取る……」
「奴らは人の自我が崩壊、またはそれに近い状態の人間の魂に取り憑き乗っ取る。そして人の欲望のエネルギーを喰らうのさ。通常はエネルギーだけだが、今回は肉体ごと喰ったから、少し厄介だ」
「欲望のエネルギー?」
「例えば、酒飲みたいとか、金欲しいとかあるだろ?三大欲求とかもそうだ。今回はチン○も喰われたから、性欲だな」
と、笑う安道に、
「もう! でも欲のない人っていないですよね?」
と、少し頬を膨らませた菊池が聞く。
「欲の無い人間は居ない。つまり誰でも、喰われる可能性があるのさ」
「つまり私達でも?」
「ああ、過去に負けて喰われた者もいる。気をつけろよ?」
「はい……」
「さて、いったん本部に戻るか。被害者のヤサを調べるのは明日以降だろうな。正式にウチに事件が回って来てからだな」
そう言って乗ってきた車に向かって、安道は歩き出した。
「ついでに、流れ橋見てくか?」
と、安道が菊池に聞くと、
「ただの橋ですよね?」
と、返ってくる。
「時代劇の撮影なんかにも使われる、木造の橋さ」
「ロケ地なんですか! じゃあちょっとだけ見ようかな」
「てか見えてるけどな」
と言って安道が指差す。
「あ、あれですか!」
「ああ、大雨の時は踏み板? のところが流れて橋桁だけ残るって感じさ。流れた部分は回収出来たのは使って直す感じだな。数年に一度は流れてるぞ」
「欄干が無くて危なそうです」
「まあ、危ないちゃあ、危ないわな。渡るか?」
「渡りきるのは面倒ですけど、途中までは行ってみたいかな」
「オッケー」
と、安道が軽く言った。
2人は堤防を歩く。途中で砂利道に変わる下りの道を行き、橋の袂にある橋の紹介の看板を通り過ぎ、橋の上に辿り着く。
「ガタガタしますね」
「まあ、ワイヤーで繋がってるだけで、ほぼ乗せてあるだけだしな」
「これでは本当に流れてしまいますね」
「そういう橋だからな」
「あちら側が八幡市?」
そう言って橋の上を歩く。流れは2本あり一方は深く流れも早いが、もう一方は浅くて子供が水遊びしている。
「ああ、向こう側には一応駐車場がある」
「へえ〜」
「さて、戻るか」
「はい!」
菊池が来た道を先に歩く。後ろから続く安道が、カバンから米粒を藪にまいた事には、気がついていない。