憧れ
『ワシにばかり気を取られて、娘の頭部を食っていた分身を、見落としていたようじゃな。この娘もお主に恋慕しておったから、取り憑きやすかったわい。これでこの娘も……ワシの眷属じゃあ!』
絡新婦がそう言うと、伏見の手足が裂けて8本になり、前に倒した六眼の絡新婦と、同じ姿に変わった。
「よくも美琴を!」
安道の眼が、怒りに染まる。
「赤刀蛇、6日でも7日でもかまわん。この虫ケラと琴音の体を奪った糞虫を潰せ!」
と、安道が言うと、
{なら7日な。9割の60分に変更する。意識にも干渉するが良いな?}
と、赤刀蛇が安道に確認してきた。
「構わん! 確実に殺れ」
安道の言葉と同時に、安道の顔に鱗状の模様が浮かびあがり、額に薄っすらと角のようなものが見える。
ゆらりと、安道の身体が揺れたかと思うと、その場に居たはずの安道が消えた。
『ぬ? どこに消えた!』
絡新婦が当たりを見渡すと、眷属の背後に人影を見つける。
『後ろじゃ! 避けよ!』
絡新婦が眷属に向かって叫ぶ。
それに反応した眷属の絡新婦は、真上に飛び跳ねた。
「ちっ! 虫ケラが余計な事言いやがって!」
安道の声がしたと思ったら、安道の体は本体の絡新婦の近くに居た。
『なっ……』
と、声を漏らした絡新婦の脚に、安道の左腕から伸びた蛇が絡みつき、間接の部分をへし折った。
『おのれぇ!』
と、絡新婦が別の脚で安道に殴りかかるが、素早く後退して避けた安道。
すると、眷属が安道に走り寄ってきたかと思うと、口から炎を吐く。
それをジャンプして避け、グロッグ17の引き金を引く。
発射された銃弾を、眷属が左に避けたのだが、そこには安道の仲間のイタチが一匹居た。
脚に噛み付いたイタチ。
『この畜生めが!』
眷属が、脚を振ってイタチを振り飛ばす。
『獣ごときに、我をどうにか出来ると思うてかっ!』
と、安道の方を見た眷属。
だが、そこに安道の姿はない。
『どこに逃げよった!』
眷属が左右に向きを変えて、安道を捜す。
本体も同じく安道を捜す。
安道は、大きめの車の陰に隠れて、気配を消している。
{晴牙、さすがに2匹はツライぞ}
「だろうな。どちらかを先に倒したいな」
{眷属の方を先に潰そう}
「弱い方からって訳か。だが親玉が黙ってないだろう?」
{晴明達に時間を稼がせろ}
「それしかないよな」
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晴明達は、安道の戦いぶりに驚いていた。
確かに蛇の件は聞いてはいたが、目の当たりにしたのは初めてだった。
聞いていた内容としては、[手から変な蛇が出てくる]といったモノだったが、そんな程度ではない。
動きの速さが桁違いだ。
安道家は、伊賀忍者や甲賀忍者の血が入っている。
身体能力は元々高い。だが、あれは人間が可能に出来る動きなのか。
「兄さんって、ホント強いよね」
晴秋が言うと、
「晴牙兄さんは、別格ですから。私の憧れです」
と、晴明が言う。
「晴明様でも?」
と、晴勝が言うと、
「私は運動が苦手でね」
と、晴明が自嘲気味に言う。
「私は運動苦手ではないけど、あんなには動けません」
とは、晴清の言葉。
「晴牙のやつは嫌いだが、頼りにはなる」
と言ったのは、もちろん晴市。
「そりゃ坂井出さんも、誰かと無理矢理結婚させようとしますわな」
と、晴勝が言うと、
「大和国のためにも、あの血は残したいですな」
と、晴清が言葉を発する。
それぞれが思った事を言っているが、周りへの警戒は怠らないし、適度に式神で、絡新婦を牽制しながらの会話だ。
安道の動きを目で追っている。だがその時、安道の姿を皆が見失う。
「え? 晴牙兄さんが消えた?」
晴明がそう呟いた時、木の陰から小さな音と共に、絡新婦に向かって銀の弾丸が飛ぶ。
眷属のほうの絡新婦の腹に弾は当たり、黄色い体液が吹き出す。
「晴明! 二匹は辛い! 親玉のほうを暫く結界で閉じ込めてくれ! 俺は先に眷属を倒す!」
安道の声に、
「了解です! 皆聞いたな!」
と、晴明が叫ぶ。
晴明達は、絡新婦の周りを式神でさらに取り囲む。




