十の眼
「え?」
誰かが思わず声を漏らした。
次の瞬間、赤い軽自動車から放たれた妖気と、男の叫び声に、陰陽師達は一斉に走り出す。
だが、陰陽師達が車に到着する前に、赤い軽自動車から一人の女性が降りて来た。口元を血で濡らしながら。
その女性を見た安道は、
「やっぱりミキだったか」
と、声を漏らす。
「あら安道。こんなところで何してんの?」
と、軽い感じでミキが安道に言う。
「何してるも何も、仕事だよ。妖気を放っておいて今更何を言ってる」
と、眼を細めて言う安道。
「ああ、ついにバレたのね」
少し笑いながら、ミキが言った。
「全く気が付かなかったが、いつから憑いてたんだ?」
安道の問いかけに、
「去年の暮れに、島根に旅行に行った話はしたっけ?」
「妹と、出雲大社に行った話か?」
「そう、それそれ」
ここまでは、普段のミキの声だった。
だが、
『その時にこの娘に憑いたのだ。この娘の妹にも我の眷属を憑かせたのだ。二人で男を漁っておったので、都合が良かったのだ。眷属は、お前達に殺されてしまったがな』
と、人とは思えぬ声に変わったミキが、そう言った。
「あの子、ミキの妹だったのか……」
安道の表情が暗くなる。
『両親を相次いで病気で亡くし、一人で暮らしていたので、色々都合が良かったぞ。家に男を連れ込んでも、誰にも咎められず、食い放題だったからな。しかし今の世は便利じゃのう。SNSとやらで妹と二人を相手してくれる男をと誘えば、馬鹿な男がホイホイ寄って来よる。餌には困らんかったわい』
と笑い気味で言うミキ。
「何故外で狩りを?」
『家の中に白骨が溜まりすぎてな。連れ込んだ男に見つかって、逃げられそうになってから、外で食う事にしたのよ』
「家宅捜索したが、家には骨など無かったが? いったい何人食った?」
『骨は先日、琵琶湖に捨てたわい。食った数? さて? 2人で三桁くらいかのう』
「正真正銘のバケモノだな。大人しく駆除されろよ?」
『はいそうですかと言うとでも? ワラワラと力を持つ者が集まっとるが、ワシに食われにきたのか? そういえば、島根で食った男は美味かったなぁ』
と、ミキが周りを見ながら言う。
「安辺の先代食ったのはお前かっ!」
近くまで来ていた晴明が、思わず叫ぶ。
『あの男のおかげで、気配を消す事が出来るようになったのよ。まあ流石に繋がってしまうとバレるだろうから、お主と繋がるのは避けたがな。この娘はお主を欲しておったがな』
ミキは晴明を無視して、安道を見たまま言う。
「今年になってから、ミキが俺を誘わなくなったのは、そのせいか。彼氏でも出来たのかと思っていたが」
『お主にだいぶ入れ込んでおるの。お主を独り占めできない鬱憤を、他の男ではらしておったので、ワシが憑く事ができたわけだし、礼を言うぞ?』
「貴様……」
『今でもワシの中で、お主に助けを求めておるわっ! カッカッカッ』
愉快そうに笑うミキに、
「ミキ、聞こえているかわからないが、お前を殺す事になる……すまん」
と、安道が侘びる。
『クククッ、ワシの中でお主に言っておるわ、早く殺してくれとな。まあ、無理だがな』
そう言ったミキの手足が、紙でも破るかのように裂け8本になると、頭髪が抜け落ち、足だった4本が胸に移動してきて、胴体が膨らみだした。
大きな腹部には毛が生え、顔は目が10個もある蜘蛛の姿に変わった。
大きさは体だけで五メートルほどもある。脚を入れると10メートを超えるだろう。




