宇治署内にて
署内に入ると安道は、
「ミキちゃん、北岡居るよね? 取次頼むよ〜」
と、受付に立っていた、セミロングの黒髪を後ろで束ねた、女性警察官に声をかけた。
「あれ? 安道もう仕事してんの? 杏奈と一緒じゃなかったの?」
ミキちゃんと呼ばれた女性が、安道に気軽な感じで言葉を返す。
「杏奈ちゃんとは、ちょっと前まで一緒にいたよ。昼にラーメン食べてから分かれた。俺の下着とか洗濯してくれたよ。ってか、なんで知ってるの⁉︎」
安道が聞き返す。
「あの子、面倒見が良いからね! そりゃ友達だからよ。多分、安道が寝た後だと思うけど、電話かかってきたもん。最初があんたで良かったって言ってたよ」
と、ミキが安道にウインクして言う。
「マジで?」
「うん、あ、署長に取り次いでくるね!」
そう言ってミキは奥に消える。
「杏奈って誰です?」
菊池が、安道に問いかける。
「さっき何聞いてた? 竹田の姉御との会話でよ。行きつけの飲み屋でよく会う子かな」
と、安道が説明すると、
「彼女じゃないんですよね?」
と、菊池に聞かれたので、
「違うと思うよ」
と、正直に答えると、
「最低」
と、返ってきた。
「うん、知ってる」
と、安道が言った時、
「安道、署長室に来いってさ」
戻ってきたミキが安道に言うと、
「お、了解! 行くぞお嬢ちゃん」
安道が、そそくさと歩き出す。
ガチャと音がし、
「おっす! キンゾー」
ドアを開けて、そう声を発した安道。
「仕事中はその名で呼ぶなよ」
と、安道と同年代の男が言い返す。
警察幹部の制服を着た、メガネの男だ。
「おっと、相変わらず堅物だねぇ、北岡署長殿」
茶化す安道。
「そちらのお嬢さんは?」
北岡署長に見られた菊池が、
「今日配属になりました菊池です。よろしくお願いします」
と、頭を下げる。
「新人さんか。宇治署の署長の北岡だ。よろしく。で、安道、例の流れ橋の件か?」
菊池から安道に視線を変えた、北岡署長が聞いてくる。
「ああ、科捜研から連絡がきた。ゼロ案件の可能性が高いだろう」
安道が言うと、
「ゼロ案件?」
と、菊池が疑問の声を出す。
「我々が取り扱う事件は、公的に発表されない。無いものとして扱われるから、ゼロ。それと霊的モノの霊と零をかけて、零イコール0(ゼロ)として、通称ゼロ案件と呼ばれてる。コレを知ってるのは宮内省、政府、警視庁、警察庁などの極一部だ。なので我々は、通常外に出る時は警視庁の公安として動く事になる」
と、安道が説明すると、
「ん? そこからか?」
と、北岡署長が安道に聞く。
「ああ、1からだ」
「竹田さんも、お前に丸投げとか、ずいぶん思い切ったな」
と、少し呆れて言う北岡署長。
「俺もそう思うけどよ。で、捜査の方は?」
「今は目撃者を探してるとこだが、堤防だからな。まずいないだろう。付近の防犯カメラを一応あたってる。車のナンバーと免許証から、被害者は精華町に在住の、一ノ瀬透、28歳独身の会社員。勤め先などはこの書類を見てもらうとして、現在所持していたスマホの解析待ちだ」
と、数枚をホチキスで閉じた書類を、安道に渡す北岡署長。
「了解。で、いつ正式にこっちに回ってきそうだ?」
「おそらく上からお達しが来るのが、明日か明後日」
「捜査員にはなんて説明するんだ?」
「ゼロ案件と言えないからな。野犬による事故か、本部が捜査する事になったかのどちらかだな。あの堤防には数匹の野犬が確認されているからな」
「野犬はチン○食わねえと思うぞ。京都府警本部に、憎まれ役になってもらうほうが面白そうだけどな。じゃあ、何か情報入ったら、俺のスマホに連絡頼むわ」
そう言って渡された書類を持って、部屋を出る安道。
「おう、気をつけろよ」
と、北岡署長が言うと、慌てて頭を下げて菊池は安道の後を追いかける。