弱味
その頃、今代の安倍晴明が放った式神の一体が、夜の京都駅で、明らかに普通の死霊や魑魅魍魎より、強い妖気を放つ女をキャッチした。
「京都駅か。人を隠すなら人混みの中というわけか」
そう呟いて、自身の蛾の形をした式神を見張りに付けたまま、普段使ってるママチャリに乗り、漕ぎ出した。
中性的な顔立ちに、細い体で長髪。身長は180センチある。背の高い女性モデルと言われても納得できる外見だ。
年は今年30になる。
晴明の自宅から京都駅へ行くなら、車やバイクで移動して駐車場に止めるより、自転車のほうが便利だからだ。
だが、自転車が京都駅に到着する前に、女から伸びた一本の蜘蛛の脚により、式神が潰された。
「ちっ! 警戒心の強いやつめ!」
晴明は、そう吐き捨てると、スマホを取り出し、画面をタップする。
「あ、竹田さん。京都駅で絡新婦と思わしき個体を発見、追尾しようとした式神を潰して消えた。京都南部の全陰陽師、及び退魔師に警戒と捜索命令を!」
そう言うと、
『了解です。やっぱり居ましたか』
と、通話相手の竹田が言った。
「ああ、居たよ。どうやら気配を消す能力まであるようだ」
『厄介ですね。とりあえず明日の朝、全員を招集して、事態の説明をしますので、死霊課に集合という事で』
「ああ、じゃあ私はとりあえず、このまま捜索にあたるので、これで」
そう言って、通話を終えた晴明は、
「とりあえず駅の周りを捜してみますか」
そう呟いて、ママチャリを再び漕ぎ出した。
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安道のスマホに、着信音がする。
「もしもし? 今酒飲んでるだけど?」
安道がそう言うと、
『あんたが酒飲んでるとか、知らないし! 連絡よ。晴明様が、絡新婦らしき個体を発見したけど、逃げられちゃったみたいなの。陰陽師と退魔師は、捜索を。それと明日の朝、死霊課集合だから、菊池さんにも連絡しといて。じゃあよろしく』
それだけ言って、竹田は通話を切った。
「明日の朝から御所だとよ」
安道がボヤくと、
「仕事の連絡だったか」
と、上村が言う。
「ああ、晴明が大物を発見したとよ」
「さすが安倍晴明様だねぇ」
まっちゃんが言うと、
「なにせ本家だしな」
「分家のお前は、酒飲んでるのに、本家が働いてるとか、良いのかい?」
「構わねえよ。アイツだって、俺が働いてる時に休んでたりするんだしよ」
「仲良いんだろ?」
「仲良いというより、アイツが一方的に絡んでくるんだよなぁ」
そう言いながら、菊池にメールを送る安道。
「仲悪いよりいいじゃねーか」
「仲悪いのは安西の当主。まあ、あの野郎は堅物過ぎて、みんなに嫌われてるがな」
と言った安道に、
「若手京都市議の安西晴市か。次の市長選に出ると噂だな。人気あるけど?」
と、上村が聞くと、
「外面は良いんだよ」
と、安道が言うと、
「安西さんって、私のお客さんだよ。2日に一度ぐらいは呼ばれる。結婚してくれってしつこいのよ〜」
と、アヤメが横から口を挟んだのだが、
「え? アヤメちゃんだっけ? その話、ちょっと詳しく聞かせてくれる?」
と、安道が喰いつく。
「えっとねぇ、安西マンションの最上階に住んでる人でしょ?」
「ああ、合ってる」
「えっとねぇ、いつも180分で指名してくれるの。私の胸をひたすら舐めるの。おっきい女の人が好きなんだって。結婚してくれってしつこいから、市長にでもなったら考えてあげるって、言っちゃったのよね」
「それで市長選か。あの馬鹿の弱味握ったぜ」
安道がニヤリと笑う。
「安道に弱味握られるとか、破滅まっしぐらだな」
と、上村が言うと、
「破滅はさせないぞ? 利用しまくるだけで」
「それ、破滅じゃないのか?」
「死なないから破滅じゃないよ」
「会った事ない奴だが、ちょっと可哀想に思えてきた」
との上村と安道の会話に、まっちゃんが、
「俺より安道のほうが、こっちの世界に向いてるぜ」
と笑いながら言った。
「まっちゃんは、基本的には優しいからなぁ」
と、安道が言うと、
「それは安道も同じだぜ?」
と、まっちゃんが返す。
「俺は女に優しいだけ」
と笑う安道に、
「お前ら似た者同士だぜ」
呆れた声で上村が言った。
その日、看板の電気が消えた後、安道達は仕事を終えた加山も交えて、飲んでいたのだった。




