墓
とある墓石の前に佇む、安道。
墓石には安道家と彫ってある。
場所は安道家の屋敷から、直線距離で1kmほどの小さな寺。
前日に来た者達が供えた花や饅頭が、初夏の日差しで少し乾いて見える。
安道は、ロウソクと線香を取り出し、ロウソクに火をつけ線香に火をつける。
線香についた火を、手で風を送って消すとその線香をそなえて、しゃがんで手を合わせ目を閉じる。
「今年も1日遅れの墓参りかえ?」
安道の背中に、そう声をかけてきた、男の老人。
「住職、お久しぶりです」
振り向いた安道が、老人に声を返す。
「一年ぶりじゃな。晴牙よ。お国のために毎日ご苦労さまじゃな」
住職は、安道の仕事を知っているようだ。
実はこの住職、安道家の分家の分家の出である。
力を発現しなかった家だが、安道家の墓を守る事を家業にしたわけだ。
「仕事ですし、家業でもありますしね」
そう言う安道に、
「安道家は、国にとって重要な家じゃ。お主は力を受け継いだ子じゃからな。色々苦労も有ろう。お主の父親の晴久も、若い頃は色々悩んでおったわい」
と、住職が昔を思い出して言う。
「親父が?」
「うむ。仕事の事が主だったが、嫁を貰うてからは、子供との距離感や接し方にな。安道の掟に悩んでおったの」
「掟?」
「子供を抱き締めてはいかんという、掟じゃよ」
「なにそれ?」
と、疑問の声をあげた安道に、
「ありゃ、お主は知らんのか? 言ってはいかん事だったのかの? すまん、聞かなかった事にしておいてくれの」
と、少し慌てて住職が言うと、
「まあ、いいですけどね。なんだその掟」
と、多少不満そうな安道。
「すまんのぉ。で、家には顔出したのか?」
と、話を変えた住職に、
「帰ってませんね」
と、まだ不満そうな安道の声。
「たまには顔を見せてやれ。2人もお主の顔が見たいはずじゃて」
と、少し説教くさい事を言う住職。
「帰ったら結婚しろと言われるので、めんどくさいんですよ」
「孫が見たいんじゃろうの」
「兄貴の子を可愛がれば良いのに」
「お袋さんは、お主の子が見たいじゃろ」
「無駄な願いですね」
安道が静かに言うと、
「何故じゃ?」
と、今度は住職が疑問の声をあげる。
「愛が何か分からない私に、女性や子供を愛せるはずがない」
住職の眼を真っ直ぐ見つめて、安道がハッキリした声で言う。
「女子を好きになったりせんのか?」
「気に入ったりはしますが、アレが好きという感情なのかどうかも分かりませんしね」
安道の答えに住職は、
「いやはやなんとも」
と、少し呆れる。
「では帰ります。また来年お会いしましょう」
安道が、右手を振りながら歩き出す。
「ワシが生きておったらな」
住職が安道の背中に向かって、少し大きめな声で言った。




