すまん
「父さん、先程の事はどういう事ですか?」
書斎に移動した晴臣が、晴久に問いかける。
「我が一族が、ここに住んでいる歴史は知っているか?」
晴久は椅子に座らず、机の前で晴臣に問い返す。
「安倍本家から離れ、伊賀と甲賀の忍者の一部達を手下とし、それらの血に我らの血を分け与え、各地から情報を集めるのに、古都奈良と、京の都と伊賀甲賀との距離が、ちょうど良かったのがここなのでしょう?」
と、晴臣が言うと、
「それもあるが、我らの血は都では成長出来んのだ。その点、ここは天皇家の古い隠し遺跡が在ったおかげで、魑魅魍魎が出現しない。魑魅魍魎が多い京都では、稀な地なのだ。他の土地では魑魅魍魎に取り憑かれて、肉体や心を蝕まれ喰われてしまうのでな」
と、田舎の山奥で暮らす理由を、晴臣に告白する。
「え? それは力が発現しなくとも?」
晴臣は新事実に、少し驚いた声をあげる。
「ああ、数えで15になるまでは、都で二夜も越えられん。しかも愛を教えてしまうと、それを求める欲で、この地ですら死霊に取り憑かれてしまう。さすがに死霊はこの地でも出るのでな」
と、晴久が説明する。
「初耳です……」
と、晴臣が小さな声で言った。
「初めて言ったからな。本来なら当主になる時に引き継ぐ事柄だ」
「私や晴牙に、愛情のカケラも無いのかと」
「自分の子が可愛く無い訳が無いだろう! 晴臣、お前の子は関東で育ったから、天皇陛下の力も有り成長出来たが、京都では無理なのだ」
「15を迎えた時に、教えてくれていれば……」
「ワシだって、そう育てられたのだ。子供は愛おしく思うが、それをどう表現してよいのか分からん。それに照れくさいのもある」
「それでも昔なら、側室や妾のような感じで、血を増やす方法があったでしょう? 分家が少な過ぎます」
そう言って、分家の少なさを訴える晴臣。
「それも力のせいなのだ」
「え?」
「我が一族は、子供を残しづらいのだ。力が宿っている者は特にな。精子が卵子を破壊してしまうのでは無いかと、私は想像しておる」
「うちは2人ですが、普通に出来ましたよ?」
「晴輝と麗華は、お前に力が発現しなかった事と、嫁に来てくれた麗奈さんの血のおかげじゃ」
「麗奈の血?」
「安倍本家の血は強い。なので卵子も強い」
「なるほど。では晴牙には?」
「もう本家に年頃の娘は残っとらんから、安倍の分家かウチの分家からのつもりでおるが、晴牙が全く帰ってこんし、聞く耳持たん」
「そりゃそうでしょう! 数年前までは帰ってきてましたが、その度に嫁を貰え、子供を作れと言われれば、愛情を知らない晴牙は、拒絶するでしょう。私は麗奈とは気が合ったので、結婚しましたがね」
「晴牙は、どう思っておるのだろうな」
「血を残すとか、微塵も思って無いでしょうね」
「女子が嫌いな訳ではないよな?」
「それは無いです。死霊課では、種馬呼ばわりされてますから。身籠った女性はまだ居ませんがね」
「晴牙に、新人の部下ができたと聞いたが、その子は?」
「菊池さんと言ったかな? 私は会っていないので分かりませんし、普通の家の女性なので、血は強くないと思いますよ」
「仲の良い女子は、居らんのか?」
「山科担当の伏見さんとは、仲が良いとは聞いていますが、詳細は分かりません」
「伏見と言うと、あの伏見家か?」
と、少し驚いた表情をする晴久。
「あの伏見家です。民に降られたね」
「元宮家ならば、血は強いな」
「一般の女性よりは、はるかに強いでしょうね。力も発現しているし。ただ、伏見家の当主がそれをどう思うかは、別問題ですよ?」
「うちは闇だからな。影なら問題無いだろうがな」
そう言って、少し表情が暗くなる晴久。
「そもそも、そんな関係かどうかも、私には分からないですし」
「うむ、ちょっとそれとなく調べてくれんか?」
「調べるのは構いませんけど、結婚については晴牙の意思ですよ?」
「ワシは、無理強いしようとは思っとらんよ」
「誰が思ってるのです?」
「静子だ」
「継母さんですか……」
「お前を産んだ恵子が他界し、その妹の静子が後添えとして来てくれた。安東家には感謝しきれん。静子も安倍一族の女だし、決まりには素直に応じてくれたが、年なのか最近、孫の顔が見たいと言い出してな」
「継母さんは、私の子供にも毎年お年玉を送ってくれているし、よくしてくれていますが、やはり自分の産んだ子供の、孫が見たいでしょうね」
と、晴臣は理解を示す。
「ああ。だが晴牙に、愛情を与えなかった負い目もあるのか、自分からは晴牙に何も言わん。まあ帰ってこないのもあるがな」
「分かりました、とりあえずそれとなく調べておきます」
と、晴臣が言うと、
「すまんが頼む」
と、晴久が返す。
「ほう。父さんが、すまんとか頼むとか、この年で初めて聞きましたね」
と、少し驚く晴臣。
「もう、決まり事の一部を言ってしまったし、お前も良い年だし構わんだろ。ついでと言っては何だが、照れくさいが晴臣、一度だけ、少しで良いから抱きしめさせてくれんか? お前を抱いたのは、お前が生まれた日だけなんだ。コレも決まりでな」
と、晴久が晴臣に頼み事をする。
「なんとも呆れた決まりですね。てか、照れくさいんですけど?」
「お前が生まれた時は、まだ先代、お前の祖父も生きていたのでな」
「まあ、いいですよ。こんなおっさんと爺さんの抱擁とか、誰得なんだと思いますけとね」
と、照れ臭そうに言う晴臣。
「すまんな、晴臣。すまん……」
そう言いながら、晴臣の肩をしっかり抱きしめて、言葉を詰まらせた晴久だった。




