晴久
晴臣は、死霊課の車を1台借りて、京都の南部に向かっていた。
普通、天気予報などで京都南部と言えば、京都市から南側を指すが、さらに南部と言えば、京都市を除いた地域を指す。
車は、宇治市や城陽市を抜け、木津川の堤防を兼ねた国道24号線を南に向かい、とある交差点で左に折れて東に向かう。
林道を進み暫くすると、細い山道というか、車がすれ違うのもかなり困難な道を進むと、少し開けた場所に集落が見えてくる。
「1年ぶりか、ここは本当に変わらないな」
晴臣がそう呟いて、車をそのまま進める。
百戸ほどの集落があり、その中で一際大きな屋敷が見える。
表札には安道とある。
その屋敷の前に車を止めると、晴臣は車をおりておもむろに大きな門を開けて、再び車に乗り込むと、門を通ってガレージに車を止め、車からおりると、歩いて門まで行きそれを閉めてから、玄関に向かった。
玄関扉を開けると、
「お帰りなさいませ、晴臣様」
と、音を聞きつけ、玄関で座って待っていた老婆が1人。
「よねこさん、ただいま」
と、晴臣が声をかけた。
よねことは、晴臣が物心ついた時から働いている、住み込みの家政婦だ。もう80近いだろう。
「旦那様は居間に居られます。他の方達もご一緒です」
よねこが言うと、
「分かった。私が一番最後か?」
晴臣が聞くと、
「いえ、晴牙様がまだです」
と、よねこが答える。
「アイツは来ないだろ」
と、晴臣が言うと、
「晴臣様から、連絡して貰えませんか? もう4年もここに帰って来られていませんし、電話しても留守電になりますし、連絡が取れないのです」
よねこが、晴臣にそう頼むが、
「私が電話しても、出ないから一緒だよ。仕事はしてるから生きてはいる」
と、晴臣が無駄だと言う。
「最近は奥様も、少し寂しく思っていらっしゃるようで」
との、よねこの言葉に、
「ほう、あの人にそんな感情があるとは、少し意外だな」
と、晴臣が少し目を大きくして言う。
「晴臣様も、晴牙様も、旦那様達の事を誤解しておいでです」
と、少し悲しげによねこが言った。
「そうは思えんがな」
そう言って廊下を歩く晴臣は、とある部屋の襖を開ける。
「遅いぞ、晴臣! それでも次期当主か!」
と、男性の怒鳴り声がした。
「別になりたいわけでも無いので、当主の座は貴方に譲っても良いですよ? 晴次叔父様。貴方では年だし、貴方の息子の武志に譲りましょうか?」
と、怒鳴った晴次に向かって、見下した目で晴臣が言うと、
「いや、それは……一族の総意が得られなければ無理だ」
と、少し語気が落ちた晴次。
「なんなら次期当主権限で、一族会議を招集しても良いですよ? まあ、今日ほぼ集まってるし、各家の次代を集めるだけで良いから、今から全員に電話しましょうか? 全員京都府内に居るわけだし」
晴臣が部屋の中を見渡して言うと、その部屋に居た者では、1人を除き顔を下に向けた。
唯一、顔を下に向けなかったのは、晴臣の父親だけである。
「いじめるのはやめてやれ晴臣。此奴らに安道家の重責を背負える者はおらん」
安道家当主、安道晴久が晴臣を見ながら言う。




