絡新婦
『ほほう、餌が1匹増えよったか。食うてやるから近うよれ』
女が声を出す。
明らかに人間の声では無い。何か、そう例えばスピーカーから出る音に、ボール紙を押し当てたような、籠った機械音のような声。
「声が、もはや人間じゃねぇな。完全に乗っ取られてやがる」
安道がそういうと、
『ほう? よく乗っ取ったと分かったの。この女子は既に我なり。賑やかな道で男を漁っておったのでな。つけて行って連れ込み宿で、男とまぐわってるときにな。乗っ取りやすかったわい。どうじゃ? 我に食われると約束するなら、1発やるくらいの間、待っててやるぞよ?』
女がスカートを捲り上げて、安道を誘う。
「バケモンを抱く趣味はねぇよ」
安道は、吐き捨てるように言った。
『なら……今すぐ食わせろっ!』
そう言った女の口が、上下ではなく左右に開いた。
中には大きな牙が見える。
そして、左右の腕が上下に裂けて、4本になったかと思うと、両脚も裂けて4本になり、服が裂け腹部が大きく脹れる。
「ちっ! 絡新婦かよ!」
安道が、舌打ちして言った。
〜絡新婦、女郎蜘蛛とも書くが、日本各地に出没する厄介な妖怪である。
美しい女に化け、男のエネルギーをすする。火を吹く子蜘蛛を操る事が出来る。〜
妖怪とは、死霊などの魑魅魍魎が、力を蓄えて変化した状態の事を言う。
死霊課は、妖怪になる前の状態で駆除するために、組織された部署である。
「ケッケッケ。力を溜め込んでようやく真の姿になれたわいっ!」
そう言った女の顔には、目が6個もあった。
「六目か。八目じゃなくて助かったぜ」
安道が小さく呟く。
蜘蛛には本来、目が八つある。だが、目の前の絡新婦には六つ。
まだ本当の姿になるには力が足りなかったのに、自身の状況を把握できず、変化したのだろう。
いや、敵である安道との遭遇で、変化せざるを得なかったのかもしれない。
つまり個体の強さは、まだ本来の絡新婦の力では無いという事であろう。
だが、腐っても妖怪。
魑魅魍魎とは比べ物にならないほどの、強さを誇る。
人の女の顔をした頭部から、髪の毛がぼたぼたと抜け落ちていく。
地面に落ちた髪の毛、それがウネウネと動き、いくつかの塊となる。
そうして、テニスボールほどの大きさの、蜘蛛の形に変化した。
その数6。
それらのいくつかは地面を走り、またいくつかは所々に植えられている立ち木に登る。
まるで安道を取り囲むように。




