名乗り
「はいはい、到着ですよ〜」
野暮ったい男が、とある部屋のドアを開けてそう言った。
初夏だというのに黒の長袖Tシャツに、オリーブ色のカーゴパンツ、タンカラーのハイカットスニーカーに、京都の有名帆布鞄屋のカバンを肩から下げている。
「遅い! もう13時よ! あの後、電話かけても電源落としてるし、いったい何考えてんの!」
と、30代後半だろうか、紺色のスーツを着た細身の女性が、入室してきた男に向かって怒鳴る。
「だって、俺のパンツ洗濯されてて、洗濯機の中で回ってたんだもん。んで乾燥機で乾くの待ってたら昼になったし、天一でラーメン食ってから来た。もちろんコッテリ!」
と、男は悪びれずにそう言った。
天一とは天下一品というラーメン屋の事だ。
「相変わらず最低の男ね! コッテリとかどうでもいいから!」
と、スーツの女性が、長い髪の毛をかきあげて言った。
最低と言われた男だが、あの電話の後、二回戦を開始していた事は、絶対言えないだろう。
「コッテリ以外は認めない! で? 呼び出した用はなんだ?」
と、男が言うと、
「仕事よ! 決まってるでしょ! えっと、上津屋橋、通称流れ橋の久御山町側の堤防に放置されていた、スライドドアが開いた状態の箱型ワゴン車の中で、20代の男の死体が早朝、犬の散歩に来た老夫婦により発見されたわ。被害者は局部と喉を噛みちぎられた事による失血死」
書類を読みながら、そう言った女に向かって、
「チ○コ食われたか」
と、男がチャチャを入れる。
「局部! で、科捜研に送られ司法解剖による所見がこれ!」
女が、1枚の書類を男に渡す。
「噛み跡などから、人の唾液とそれ以外の成分を確認ね」
右の眉を上げて、男が言った。
「そういう事! 現在、宇治署が付近の聞き込みしてるけど、うちに事件が回ってくるわ。久御山町はアンタの管轄なんだから、しっかり働きなさい!」
「これでもけっこう働いてるんだぜ? 特に宇治は多いんだよなぁ。1人って無理あんだろ!」
男が女に文句を言うと、
「あ、そうそう、その件で報告がもう一つ」
と、スーツの女が答える。
「それ、さっきからそこに座って、俺を汚物でも見るかのような目で見てる、可愛いお嬢ちゃんと関係あるか? 竹田の姉御」
と、男が言った。
スーツの女性は竹田というようだ。
「お嬢ちゃんではありません! これでも24歳です!」
と、傍の席に座っていた女性が、男に向かって言葉を発する。
「どう見ても、じぇいけぇ〜にしか見えん」
男が、茶化しながらそう言うと、
「今日付けで京都事務所に異動になりました、菊池飛華流です」
と、お嬢ちゃん呼ばわりされた女性が、席から立って名乗った。
男は、菊池の方に顔を向け、
「宮内省地方支分部局京都事務所内、皇宮警察別室死霊課、宇城久以南担当の安道だ」
と、軽い自己紹介をした。
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