纏う
そう、菊池は鍵を安道が持っているため、車で帰れないことに気がつく。
「どうしよう」
と、車の前で思案する菊池に、
「おい、こっちこっち」
と、車の後方から声がした。
「あ!」
声の主の安道に気がついた菊池が、思わず声を漏らした。安道が運転席の方に移動して、素早くドアを開けて乗り込み、
「早く車に乗れ」
と、菊池に言う。
「はい!」
と、菊池も車に乗り込む。
「ふう、なんとか晴秋をまいてきたぜ。まったく」
と、安道が面倒臭そうに言った。
「安東さんって、結婚相談所を経営なさってるんですね」
「ああ、そこに訪ねて来る人や、お見合いパーティーを開いて、魑魅魍魎が憑いてる人を探すってやり方さ」
「なるほど!」
「やり方は人それぞれさ。お嬢ちゃんも自分なりのやり方を見つけないとな」
「ですね。なんか式神とか晴秋さんがおっしゃってたけど、やっぱり安倍晴明みたいに、式神で戦うのですか?」
と、菊池は興味ありげに聞くと、
「探すのにも使えるな」
と、安道が答える。
「なるほど! で、今はどこに向かってるんです?」
と、菊池が問いかける。
「出る前に言ったろ? 被害者の自宅だ」
「あ、言ってましたね」
「とりあえず車内では、力を掌に纏えるように訓練しとけ」
「はい」
そう言って菊池は、右手をじっと見つめた。
車は市内から南に下り、宇治市や城陽市を通り抜け、木津川の堤防を兼ねた国道24号線を、南へと向かう。とある交差点の信号待ちで、
「この川が、昨日行った現場に通じてる川だ。あの橋を渡ると京田辺市、左側に行くと宇治田原町だ」
安道が川を右手に見ながら、菊池に言う。
「精華町って町は?」
「次の次の橋を渡れば精華町だ」
「渡らなければ?」
「木津川市だ、そのまま真っ直ぐに行くと奈良県だ」
「かなり南なんですね、精華町って」
「ああ、市内からすればかなり南だ」
そう言ってると信号が青になったため、車を走らせる。
少し進むと菊池が、
「この橋は?」
と、安道に聞く。
「玉水橋だ、ここを渡ってもまだ京田辺市だ。まあ木津八幡線を走れば精華町に行けるがな」
「へぇ」
と、菊池が返事する。
道はまた堤防沿いになる。
「アレが開橋だ。アレを渡るぞ」
そう言って前方にある赤い橋を、安道が菊池に教えるために目線を菊池に向けた。
菊池の右手には、うっすらだが、確かに水の力を纏った状態を維持していた。
チラリとそれを確認した安道は、
「ほう……」
と、小さく呟いた。
開橋を渡り左側に曲がり、右に曲がると、踏み切りが2つ見える。
「JRと近鉄の踏切だ」
安道が言うと、
「近いですね」
と、菊池が返す。
「祝園駅と、新祝園駅がある」
「祝園って、こんな字書くんですね。読めないですよこれ」
「そんなん言い出したら、ヒガシイモアライとかどうすんだよ」
と、安道が言うと、
「東芋洗?」
と、菊池が首を傾ける。
「今頭に思い浮かべたのは、東西南北の東に食う芋と洗濯機の洗うだろ?」
と、安道が菊池の頭の中を予想する。
「違うのですか?」
「東は合ってるがな、漢数字の一に、口と書いて、東一口って読むのさ。久御山町にある地名だ。京都は難解な読み仮名の地名が多いから、それもまた地図見て覚えとけよ」
と、安道が宿題を出す。
「何故そんな字を?」
「あの辺は昔大きな池でな、巨椋池って池だったんだが、そのほとりの小さな村は、三方が池に面していたために、村の出入り口は一方向のみ。一つの出入り口をみんなが使うから、芋を洗うような混雑。一つの出入り口の前と後の文字を取って、一口でいもあらいと呼ぶようになった説や、古くはイモと呼ばれていた天然痘を洗う、または治すために使われた池だったので、疱瘡を洗うという言い回しが、訛っていもあらいとなったという説など、色々あるな。まあ、いもあらいの件は置いといて、被害者の自宅は、町役場の近くだったな?」
と、確認した安道に、
「住所は書いてあるけど、分かりません」
書類を慌てて見た菊池が、申し訳なさそうにそう言う。
「まあいいさ、役場に車止めて歩くとするか」
「役場の方に怒られませんか?」
「大丈夫、ここの町長に貸があるから」
「町長さん可哀想」
「なんでだよ?」
「だってずっとその貸で、いいように使われるんでしょ?」
「お嬢ちゃん、俺をなんだと思ってるんだよ」
「違うんですか?」
「違わない」
「やっぱり」
菊池がため息混じりでそう言った。




