六道珍皇寺にて
「姉御、ジジイのとこいってくらぁ」
地下室から戻った安道が、竹田にそう言う。
「了解、終わったらすぐ戻ってくる?」
と、竹田が安道に聞くと、
「いや、その足で被害者のヤサ行って調べてくるわ。まあ、大したもんないだろうけど」
と、竹田に言う安道。
「わかった、何かあったら連絡するわ」
と、竹田がそれに答えると、
「よろしく! じゃあ嬢ちゃん行くぞ」
と、安道は菊池を促す。
「だから菊池ですって! もう!」
2人の乗る軽自動車は、御所を出て東大路通り方面に向かう。
「六道珍皇寺って、どの辺にあるんです?」
と、菊池が聞くので、
「東山区大和大路通四条下がるだ」
と、簡潔に場所を言った安道だが、
「うん、まったく分かりません」
と、菊池が困り顔になる。
「東大路を南に下って、四条通を少し南に行った所だ」
「観光地の辺りですね」
「六道珍皇寺も観光地だぞ」
「そうなんですね」
「ここだ」
と、窓の外を指さす安道。
「あれ、通り過ぎるんですか?」
と、菊池が疑問を口にする。
「寺に来客用の駐車場はないから、こっちの有料駐車場を使うんだよ」
車をコインパーキングに止め、徒歩で六道珍皇寺に向かう。
安道は、居住区のドアをおもむろに開けて、
「ジジイ! 来たぞ!」
と屋内に向かって叫んだ。
「誰がジジイだ、小童!」
と、奥から年配の男性の声が返ってくる。
「ジジイはジジイだろうが! いいから祈祷してあの世に送れよ!」
と安道が言い返すと、頭がツルツルの60代の男性が姿を見せ、
「やかましぃっ……っておい、小童、こちらのお嬢さんはどなただ?」
と、叫んだ途中で菊池に気が付き、口調を変えた男性。
「新人の菊池だ、お嬢ちゃん、このジジイがこの寺の住職だ」
と、お互いを紹介すると、
「美人さんが来るなら、竹田の嬢ちゃんも一言言っといてくれたら、ケーキの1つも買っておくのに。えっと菊池さんだったね? この六道珍皇寺の住職の坂井出だ、よろしくな」
と、坂井出が菊池に挨拶した。
「菊池です! よろしくお願いします」
と、菊池も慌てて頭を下げる。
「いい子じゃ。小童、この菊池さんに危険を及ぼさんようにしろよ!」
安道を睨んで坂井出が言う。
「わーってるよ! はよ祈祷しろよこのスケベジジイ!」
と、安道が言うと、
「誰がスケベジジイかっ!」
と、坂井出が怒鳴る。
「他に誰がいるんだよ!」
「まったくこのガキが、一丁前の口をほざきよるわ。ほれ行くぞ、さっさと上がれ」
2人が玄関から家に上がり、奥に進む。
小さな本堂を抜けて縁側に出ると、中庭の奥に井戸が二つ見える。
「アレがそうさ」
安道が、目線で井戸を教えると、
「あれがあの世とこの世を繋ぐ井戸……」
と、少し緊張気味の菊池。
「菊池さん、君も仕事で封印したら、ここに来ることになるから、よく覚えておきなさい。あの世は我々が将来行く世界。もしこの世に未練が有っても、決して戻ってこようなどと思わないように。あの世からこちらに戻っても、何も良い事はないのだから」
坂井出が、菊池に優しく言った。
「ジジイ、説教はいいから早いこと頼むぜ」
と安道が急かすと、
「小童は黙っとれ! 封印石を御本尊の前に置いて座っとれ!」
と、坂井出が安道に言う。
本堂とも言うべき閻魔堂に戻り、閻魔像の前に大きめのビー玉のような封印石を置く安道。そして坂井出の後ろに正座する。
菊池も、安道に倣って正座した。
お経を詠む坂井出。
お経が終わり、坂井出が封印石を手に取り、庭に出て井戸の蓋を開ける。
この世からあの世への井戸だ。
井戸の上に封印石を掲げ、ブツブツと呪文の様な言葉を紡ぐ坂井出。
すると、黒いモヤのようなものが、封印石から出てきたかと思うと、井戸に吸い込まれていく。
モヤが出切ったその時、井戸の蓋を素早く閉めた坂井出が、安道の方を向いて、
「終わったぞい」
と、言った。
「お疲れ様」
と、安道でも菊池でも無い声がした。
「晴秋か」
坂井出が声に反応し、名を呼んだ。
「はい、お呼びにより、参上いたしました」
と、晴秋と呼ばれた、30代前半のイケメン男が言うと、
「ジジイ、計ったな?」
と、坂井出を睨みつける安道に、
「さてなんのことやら?」
と、明後日の方を見る坂井出。
「晴秋は、お呼びにより参上と言った。て事はジジイが呼んだって事だろうが!」
詰め寄ろうとする安道に、
「まあまあ、兄さん落ち着いて」
と、晴秋と呼ばれた青年が、安道に声をかける。
「兄さん?」
展開についていけてなかった菊池が、疑問の声を出す。
「君が新人の菊池さんだね? 初めまして、市内と東側担当、安東晴秋です。晴牙兄さんとは、従兄弟になります」
と、晴秋が挨拶してくる。
「せいが?」
と、菊池が言うと、
「俺の下の名だよ。安道晴牙」
と、安道がぶっきらぼうに言う。
「安道さん、せいがって言うの?」
と、聞く菊池を見て、
「やれやれ、苗字しか言っとらんのか、このバカは」
と、呆れ顔の坂井出。




