本の旅路
中古の本とはいいものだ。他人は「知らない人の手垢がついた本なんて、手にしたくはないね。」などと言って忌避するが、それは大変勿体のないことだと常々思う。
「わぁ、カビてら…。」
通販して数日後に届いたその本は、紙は茶こけているし、触れれば湿気を含んだ紙が指に吸い付くし、けして良い状態で保存されていたとは言い難い代物であった。
まばらに黒い斑点の浮き出る紙に触れるのは、若干戸惑われたが、しかしもう何日も楽しみに待っていた本だ。今更放りだしてしまえるほど、私は辛抱強くはない。
パラパラと捲った先にお目当ての題目を見つけ、早速読んでやろうと意気揚々椅子に腰かけた。
「おや?」と不思議に思う。ふわりと甘い香りが鼻を掠めたからだ。
中古の本はこれだからやめられない。私は口角をわずかに上げ、本に鼻を擦りつけた。間違いない。この本に甘いに臭いが染みついているのだ。
中古の本というのは、その本の旅路に想いを馳せる時間を与えてくれる。
本棚の近くに花を生けるのが趣味だったのだろうか。炊いた香が移ったのだろうか。実際がどんなでもよいのだ。芳香剤の臭いだとか、菓子を摘まんだまま触れたのだろうとか野暮なことを言わないでもらいたい。
かつて出会った古本は、どれもこれも私の手元に辿りつくまでの一生が染み込んでいた。古本屋というのは、新しいものばかり扱う整然とした本屋とは全く異なる空間である。
それは彼ら一冊一冊が、個性を宿しているからに他ならないだろう。私はこの個性を観察するのが楽しみなのだ。
趣味は他人にわかってもらおうとするものではないが、どうか私の手放した本たちも、いずれはその個性を楽しんでもらえる誰かのもとへと行きついてほしい。そう願わずにはいられないものだ。