001.あるいはそれは夢の始まり
初連載です、よろしくお願いします
気が付けばそこは、死後の世界だった。
誰に教わったのでもないのに、なぜか理解できる。
市役所のような場所でひっきりなしに誰かの名前が呼ばれ、様々な年齢層の人間が椅子から立ち上がって誘導されていく。
「青山さん、青山和樹さん」
「はい」
同じように俺も呼ばれ、一人の職員と連れ立ってどこかへ向かう。数分後たどり着いたその部屋の名前を見て、思わず俺は眉をひそめた。
「特殊転生課……?」
質素なその部屋に通されると、別の職員が扉から背を向け何やら熱心に机に向かっていた。
「くっそ、なんで見えないんだ……!」
その男は手に持った雑誌を様々な角度から見ようと必死だった。
たぶんグラビアか何かだろう。いや、なんでって……。
俺と一緒に来た職員さんは無言でその男に近寄ると、大きく振りかぶって拳骨を落とした。派手な音を立てて男が吹っ飛ぶ。
「仕事中に何読んでんだ働けカスっ! 次見つけたら主任呼んで直々に落とし前付けさせんぞボケぇっ!
カルテのような物を机に叩きつけたあと、肩を怒らせてそのまま職員さんは出ていった。
残された俺と何やら残念な男。たぶんこいつも同じ職員ではあるのだろう。
プリン頭でどこか軽薄そうに見える男は、痛そうに自らの頭をさすりながら立ち上がる。机からカルテを取り、俺の顔と見比べ二度見した。
「目付きこわっ!」
よく言われる。
生きていた頃は何度も職質を受けたし、ただ前を見ているだけで子供は泣き、学生は道を譲り、大人はそろって顔を伏せた。誓って、真っ当に生きているのに。
男がたじろぐのも気にせず、俺は相手が立ち直るのを視線を反らして待つ。
第一印象ぶち壊しだと気付いたのか、一度咳払いをしてわざとらしいまでにカルテを凝視する。
「青山和樹、享年三十一歳。一人暮らし、両親は健在。職業はプログラマー。九十四日間の連続勤務の末、過労による心不全で死亡、と。はー。そりゃ死ぬわ、こんだけ働いてれば。人間って弱っちいから。ちなみに年何日まともに休みあった?」
「……五日程度、ですかね?」
正月と盆に一日ずつ、それと四か月に一度気まぐれのような休日。遊びにいく余裕もなく、その日はひたすら疲れを癒すことに終始していた。その休みも、最近はご無沙汰であったが。
残業含めて一日平均十六時間の労働、借りていたマンションに帰れない日もざらにあった。
……ふむ。
「改めて、ブラック企業だったんだと認識しますね」
「その認識、生前に間に合えばよかったんだけどね」
全くである。
会社の体質として、上司が仕事しているのだから帰ってはならない、サービス残業当たり前、辞めたところでそんな根性なしに再就職は無理だぞと恫喝等々。そのうち感覚が麻痺し、自分の方がおかしいのではと思うようになっていた。今でも、極端ではあったとは思うが、そこまでぶっ飛んでると思いきれないのは、骨の髄まで染まってしまっているからだろうか。
「まあなに、生前があまりにも悲惨だとうちに来るようになってんのよ。輪廻の輪から外れたがるのがあまりにも多くてね、完全に消滅されるとこっちとしても困るわけ。そこで救済策として、別世界で天恵を一つ持った状態でリスタートする、ってので大体手を打ってもらってんの」
カルテを簡易デスクに捨てるように払う男。そのまま椅子にもたれかかると、高い音を立ててパイプがしなった。
しかし、他人の口から「生前があまりにも悲惨」とか言われると、なんだかこう、くるものがあるな。
……さて。
「せっかくの好意を無下にするようで恐縮ですが……天恵……でしたっけ? 正直、いらないので普通にもっかいこの世界で転生させてください」
天恵って、ようするにチートだよな?
いらんいらん。
そういうのは物語の主人公が持つべきであり、平凡を地でいく俺には過ぎたものだ。どんな能力であれ大き過ぎる力を制御しきれるとは思えない。そういう器ではないのだ。
「えー。本当にいいの? 英雄になって酒池肉林の限りを尽くすことも不可能じゃないんだけど」
「いえ、別にいいんで」
その回答に何が不満なのか、男は眉をへの字に顰めた。
「うーん、じゃあ何か心残りとかは? いや、未練があるから生き返らせてくれとかは無理だけどさ。両親の夢枕に立って、自分は幸せだったよ的な言葉を伝えるとかできるけど。マニュアル的に、この部屋に来た人間の願いはできるだけ叶える方針なんでね」
なおも食い下がり、別のアプローチを試みる男。死後の世界でマニュアルとかいうな。
それにあの両親相手にわざわざそんな義理を通す必要ないだろう。他にも、現世に対しての執着は……。
「あ」
「お、どしたー」
机に頬杖をついていた男が顔を上げる。どうでもいいがこの人やる気なさ過ぎじゃないだろうか。先ほどの職員さんが見回りにきてぶん殴られる未来が見える。
「うちのマンションに、幽霊……? が出るんですけど。なんとか成仏させてあげられないですかね?」
「は? 幽霊?」
男がいぶかしげに声を上げる。
「三年ぐらい前……ですかね。俺が部屋から帰ってくると、違和感があって。なんだろうって思ったら、部屋が片付いてるんですよ。その時は、あぁ、妖精さんがきて掃除してくれたんだなと思ってその日はベッドに倒れこんだんですが」
「いやお前さんそれ、思考放棄し過ぎじゃない?」
その日は八日ぶりに家に帰れたんだ、憔悴して頭が働かないことぐらい許してほしい。
「それからというもの、取れかけていたボタンが直っていたり、冷蔵庫に作り置きの肉じゃがが入っていたりと……。ひとまず害はなさそうだったので放置してたんですけど」
霊媒師を呼ぶ暇もなかったし、そもそも俺自身迷惑に思ってなかったしな。変に除霊して美味い飯が食えなくなることの方が問題だ。
「……え、ちょっと待って。君はそんな得体のしれないものを平然と食ってたのか? 三年間?」
「ええ。何か?」
「いや何かって……」
「食べなければ自宅で変死体になっていたであろうことも一度や二度ではなかったので。毒で死ぬのも餓死で死ぬのも同じでは?」
「……お前本当に日本で住んでたんだよな?」
何を当たり前のことを。国外どころか日本でもいってない県の方が余程多かったぞ。
「はー……いや、いいや。とりあえず青山くんのマンションに接続してその霊を呼び寄せるから、交渉とかはそっちでお願いね」
いうや否や、男は立ち上がると部屋の中央に赴く。目を閉じ、一度深呼吸をして、朗々と謳いあげるように言葉を紡ぐ。
「高天原に神留坐す、神魯伎神魯美の詔以て、皇御祖神伊邪那岐大神」
突如正方形に区切られた陣が浮かび上がり、床から不思議な光が零れだしてくる。
「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に……? 御禊祓へ給ひし時に生座る、祓戸の大神、等?」
光は徐々にその濃度を増し、ああ、やはりここは超常の場で、俺は奇跡を目撃しているのだなと自覚する。だから、祝詞をあげながら首を傾げないでくれ、色々不安になる。
「諸々の枉事罪穢れを拂ひ賜へ清め賜へと申す事の由を、天津神国津神。八百萬の神等共に、聞食せと、恐み恐み申すっ!」
気づけば部屋中に光が蔓延している。まともに目を開けることすらできない。俺は思わず腕で顔を遮り、収まるのを待つ。
視界の端で光が徐々に収まるのを察し、俺は腕を下した。
そこにいたのは、闇を広げたような、一面の黒。その長く美しい髪に、華美過ぎないために素材をより際立たせる黒を基調にしたシンプルなドレス。少女のように桜色をした唇に、大きくはないが確かに存在を主張する胸元。ロングスカートから覗く足はまぶしいほどに白い。どれほど泣いていたのだろうか、真っ赤に充血した目が痛々しさと共に、存在の儚さを彩っていた。
陣の中で呆けたように目を見開く女性に、俺は思わず見とれてしまった。美しい絵画をみて思わず声をこぼすような。いや、そんな生易しい表現ではない。心臓を力いっぱい鷲掴みにされ、千々に散らされてしまうような衝撃。人を見て目まいを覚えたのは初めての経験だ。
そしてその女性はしかし、俺の存在を認識すると、更に目にいっぱいの涙を浮かべる。
「ごしゅ……、ご主人様っ!」
泣きながら俺に縋りつくと、もう二度と離さないとばかりにその細い腕で力いっぱい抱きしめてきた。情報量が多すぎて整理がつくまで暫くかかりそうだ。
少しでも気に入ってもらえれば幸いです。
感想・レビュー・ブクマ等作者のやる気に直結します。よろしくお願いします。




