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走り出したら  作者: 肉団子
1章
9/124

そっちのほうがかっこいいかなって



 一通り回って、外へ出た。山門前の階段に腰をおろして、しばらく歩きっぱなしだった疲れを癒す。

「鈴やんってビビり?」

 高梨からかわれ、

「おまえだってビビってただろうが」

 と、噛み付く。じゃれあう二人を眺めていると、ふいに動きを止めた高梨が、すっと道の先を指差した。

「なあ、あっちってどうなってんだろう」

 道は二手に分かれている。左は真っ暗なトンネルに呑まれ、右は急勾配の坂道になっている。

「俺は右がいい」

 鈴やんは即答した。

「え、帰らないの?」

 ギャル美がきわめて冷静なことを言ったが、道の果てに興味を示した高梨と内田が、時間はまだある、なにかあっても途中で引き返せばいいと熱弁し、こころよく折れた。というよりは、そもそも「帰らないの?」は疑問だったのだろう。

 傾斜がきつくなり始めるところに「試峠」と看板があった。何を試すのかで一悶着あったが、根性を試すのだろうということで落ち着いた。なんとも体育会系的結論である。

「ギャル美って、部活やってたっけ」

「高校はやってない。中学のときはバレー部」

 似合いそうだな、と思った。

 その試峠だが、体力的な疲労より、ふと振り返ったときの高さに疲れを覚える。気付けば両側を斜面と木々が覆い、前後にしか見通しがきかなくなる。

 細い道はまっすぐ天にのびていた。

 意味もなく冗談を飛ばして自分を励ましながら歩いて、ようやく峠にたどり着く。

 しばらく道を下っていくと、突如として視界がひらけた。

「すっげー。こんな田舎があるのか……」

 いかにもバカっぽい感想を、やはり高梨が漏らした。

 しかしそれには、俺もまったく同意見だった。

 方々を山に囲まれ、川が一筋流れている。大きな川ではない。護岸工事なんて野暮ったいものはなく、流れを切り裂くように岩が川中に転がっている。川沿いにはぽつりぽつりと民家が並び、さらに脇には申し訳なさげにアスファルトが敷かれている。

 コンクリートにまみれて生きてきた、生粋の都会っ子の想像する、日本の田舎の風景がそっくりそのまま落っこちていた。あとは田んぼさえあれば完璧だ。

 ようやく車一台分という一本道を進み、橋を渡る。間近で見ても川は清く澄んでいる。

「こんなに綺麗ならさ、あれいるんじゃないか」

 鈴やんが興奮気味に川面を見下ろす。「あれ、ホタル」

「いるかもね」

 あしらうようにギャル美がこたえる。

「いるのかなあ。ホタルってさ、有名なのが二匹いるだろ。ゲンジとヘイケだったかな。ここにいるのはどっちなんだろう」

 ここにいる鈴やんは誰なんだろう、というのが俺の感想だった。

 普段はもっと大人しいというか物静かというか、だいたいにおいてダルそうにしているのに、今日はやたらと元気だ。ひょっとすると、これが彼の素なのかもしれない。

 誰からも答えが出ないかと思われたが、しばらく考えるふうにしていた高梨が、さも当然のように口を開いた。

「ヘイケボタルだろ、たぶん」

「お? おお?」

 あまりのことに俺は混乱した。「適当か? 当てずっぽうだよな?」

「いや、モグラいるじゃん、モグラ。テレビでやってたんだけどさ、アズマモグラっつうのと、コウベモグラってのがいて、東日本と西日本に分かれてるんだって。アズマは東だし、神戸は西日本だろ? それで言えば、平家と源氏だったら、東が源氏、西が平家だったろ、たしか。何幕府か覚えてないけど」

「……おお、高梨がまともっぽいことを」

 そしてこれだけ覚えているというのに、勉強が絡む部分になるとすっかり抜け落ちているというところが逆にすごい。

「失礼な奴だな。オレだってそこまでバカじゃねえっての」

「そうかあ、ヘイケボタルか。見てみたいなあ。おまえらってホタル見たことある?」

 みんな首を横に振った。

「見てみたいなあ」

 鈴やんはしきりに呟いた。

 橋を渡り終えたところで舗装路はなくなり、川沿いの林道に続いていた。しばらく山を登っていくと川辺に下りる階段があらわれた。階段といっても、土を切り出し、丸木材で補強しただけのものだが。

「降りてみようぜ」

 高梨が駆けて行く。後を追って鈴やんと内田も川辺へ向かった。

 取り残された俺とギャル美は、階段の一番上の段に座った。両脚にたまった疲労をもみ出す。

 ギャル美は遠慮がちに膝を閉じ、お姉さん座りみたいに斜めにして、俺とは逆方向へと長い脚を投げ出している。

「あんな奴だっけ、鈴やん」

「ちょっと意外だけど、ま、あんなもんだよ。部活のときなんか本当、ただのサッカー少年って感じで」

「へえ、意外。不良だと思ってた」

 下から子供のものかというような、楽しげな声が届いてくる。水が冷たいとか、綺麗だとか。

「意外っていうなら、おまえも大概だけどな」

「私?」

「なんていうか、もっとキャピキャピしてるかと」

「キャピキャピって……死語よ、それ」

「えー? ナウくない?」

「からかってんの?」

「からかってない」

 からかってるでしょ、と膝を叩かれた。その手を叩き返しておいた。

 川のせせらぎと、木々のざわめきが耳に心地良い。閉じたまぶたの上に、木漏れ日が揺れている。通り抜ける風に髪が揺れて、なんだかくすぐったかった。

 わけもなく笑みがこぼれそうになって、それが悔しくて深呼吸をして飲み込んだ。先ほどから、妙なにおいを感じる。けれども決して不快ではない。植物や土なんかの、自然のにおいなのだろう。普段無臭だと感じる都会のほうが、本当はよほど臭いがあるのだろう。

 良し悪しはわからないが、たっぷり味わって吐き出す。

 ギャル美のはっきりした二重の目は、林のむこうに見え隠れする三人を見守っていた。口元にはうっすら微笑みを浮かべている。ツンと高い鼻がかわいらしい。

 木漏れ日にみる横顔は、ずっと年上に感じられた。

 風に金髪が散る。眩げに目を細め、慣れた手つきで髪をなでつけ、ちょいと耳にひっかける。

 美しい耳だった。

「なあ、ギャル美ってさ、なんで髪染めてんの?」

 ふと口をついていた。

 ギャルが嫌いということはない。染髪も似合うならばどんどんやれと思う。スカートの丈をつめるとか、シャツのボタンをいくつか外しておくという制服の着崩しは、むしろ全女生徒に徹底してもらいたい。

 それでも、不思議に思った。よく似合うその派手な外見が、しかし借り着のように思えた。

「黒沢も」

 そこで言葉を区切り、ギャル美は遠くを見たまま言う。

「黒沢も、中学の頃の私がいいって思う?」

 髪を染める以前のギャル美を、俺は写真でしか知らない。彼女と同じ中学出身の誰かが持って来ていた卒業アルバムを見た。

 一言で表現するなら「良家のお嬢様」だ。それも和風の。

 その写真を思い出す。ギャルになったことを嘆く気持ちも、理解できる。

「さあ。俺はどっちも好きだけど。おまえがおまえなら、なんていうかそれで」

「そう?」

「言葉が出てこないけど、似合ってると俺は思うよ。ただなんていうかさ、なんで染めてんだろ、っていう疑問」

 ギャル美は爪をいじってから、俺のほうに向き直る。

「笑わない?」

「努力はしよう」

「単純にね、そっちのほうがかっこいいかなって」

「へえ、いいんじゃない。かっこつけるのは大切だし。実際かっこいいし」

 笑わない心構えをしたわりに、普通の答えだった。そのせいで別になんでもないのに、声が震えてくる。

「うん、いいと思う……くふっ、可愛いと、思う」

「なんで笑うのよ。笑わないって言ったじゃない」

「い、いや。頑張るって言っただけで……ぷっ、ふふ」

「もう知らない!」

 羞恥のためか立腹のためか顔を朱に染めながら、勢いよく立ちあがる。尻のところがわずかに湿っていた。自分のズボンを確かめると同じように湿っていた。まあ、すぐに乾くだろう。

 ギャル美が腕時計を確認し、それから両手を口に添えた。

「みんなー! そろそろ時間!」

 威勢のよい返事が三つ、揃って返ってきた。

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