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走り出したら  作者: 肉団子
1章
8/124

私が六日お姉さん



 嵐山駅に着いたのは、集合時間の三十分以上前だった。電車に不慣れなので早め早めを心がけた結果、ずいぶんと時間が余ってしまった。

 プラットホームに降りて出口はどっちかなと横を向くと、いかにも同じ仕草をした高梨と目が合った。「よう」と寄ってくる。聞いてもいない早くなった事情を聞きながら改札を出た。

 なにが悔しいって、こいつと同じ理由で同じ時間になったことが悔しい。

 四月末、三年生の遠足は、嵐山散策だった。

 午後二時までにチェックポイントに戻ってこられる範囲で好きな寺に行くだけの味気もなにもあったものではない。高梨に言わせれば、「こんなので喜ぶのは生徒会長だけ」らしい。

 駅前の広場で雑談するうちに、俺たちの班員は点呼の先生が来るより先に揃ってしまった。朝に弱い内田はとにかく早起きをし、軽く運動をしてシャワーを浴びてきたと言い、鈴やんとギャル美は揃って「家にいても暇だった」と言う。

 内田はさすがにスパッツではなくジーンズを履いていた。パーカーはそのままではあるが、スポーツタイプのものではなく、色も黄色系のあかるい色だった。驚くほどきちんと女子だった。口には出せないが、女子中学生のようだと思った。

 対してギャル美は大人っぽい。上下とも黒っぽい服だが金髪と肌の白さが対照的だからか、暗い印象はない。

「海外セレブ意識してる?」

 冗談で訊ねたら、脛を蹴られた。こつんとやさしくではあるが。

 集合時間の十五分前になってようやく現れた教師に全員揃っているのを確認してもらい、付近の地図と二千円札を二枚支給された。拝観料などで使えということらしいが、二千円札が現存していることに驚きを隠せない。

 渡月橋をわたり、商店の並びを抜けて、高梨は地図を広げた。

「で、どこ行くんだっけ?」

「一番遠い所に行くんだっておまえが言ったんだろうが」

「ああそうか。おーけーおーけー」

 高梨は元気に歩き出した。自信満々だけども、頼りないOKだった。不安だ。

 住宅街を突っ切っていき、いくつかの寺を通り過ぎる。だんだんと賑やかさが後ろへ遠ざかってゆき、ついに山を登り始めた。アスファルトで固めた一本道。白いガードレールの所々に浮かんだ錆が、不安を増長させる。

 ガードレールの向こう側はちょっとした崖で、下にも道が並走しているらしい。苔の生えた屋根が石畳のように続いている。

 道は大きく右にカーブし、行き先は見えない。こちらの不安をよそに、内田と高梨は元気に先を歩いていく。

「高梨! 道は合ってんのか?」

「大丈夫だってぇ!」

 威勢のいい返事に、鈴やんが渋い顔をした。

「あいつ迷ってても大丈夫って言うだろ」

「よくわかったな。根がバカだからな。迷ったことに気付かないんだよ。たとえ気付いてもバレるまで迷ってない感じでいくな」

「で、取り返しがつかなくなるタイプだ」

「そうそう」

「聞こえてんだぞ!」

 高梨が振り向きざまに吠えた。「まあまあ」と内田に慰められている。

 なるほど、雑音がないのである。木葉擦れだけが風の音としてささめいている。だから声がよく通のだ。耳を澄ませば、遠くを走る車の音が、ようやく聞こえるくらい。

 生まれも育ちも都会の俺には、新鮮な世界だった。四六時中人の気配と生活音が聞こえ、夜でも間をおかずに車は走る。

 それを意識しないほど自然なものとして、不自然な音を受け入れていた。

 老後は田舎に住もうかな――

「はぁ?」

 鈴やんとギャル美が、そろって調子外れの声をあげた。

「え、なに?」

「老後っておまえ、いくつだよ」

「声に出てた?」

「はっきりと」

「マジか」

 すこし恥ずかしい。「いくつもなにも、みんな十七だろ」

「残念。私は十八です」

 と、ギャル美が勝ち誇ったように言った。

「え、もう?」

「うん。免許だって取ったんだから」

「マジで? 見せて」

 鈴やんが食いついた。ギャル美が財布から出した運転免許書には四月三日生まれとある。

「そういやちょこちょこ学校来なかったのって」

「そ、教習。あんまり時間かけたくなかったから」

 しれっと言う。その堂々とした様に感心していると、鈴やんが興味津々に質問した。

「教習所ってどうだった」

「学科が面倒かな。ほとんど知ってることを教えられるしね。しかもちょっとでも寝たらアウトだもの」

「へえ。俺まだ取れないから、冬くらいに取りに行くつもりなんだけどさ――」

 教習所と車の話が始まった。特に興味のなかった俺は歩調を速めて、先行していた二人に追いつく。

 一本道はまだ続いている。

「盛り上がってっけど、何の話してたんだ」

「誕生日はいつかって話」

「私は一月十日だよ。イットーショーだよって、子供のころに教えてもらった」

「誕生日に語呂合わせはしたことないなあ」

「黒沢くんはいつ?」

「一月十六日」

「へえ、じゃあ私が六日お姉さんだね」

「小さい姉だな」

 シュシュで後ろの髪を一本に束ねた頭を鷲掴みに、撫でるというより揺すってやると、むっと唇を尖らせたが、抵抗はしない。嫌がっているというよりも、そういうポーズを見せておこうという感じがした。うちの姉にもこれぐらいの可愛げがあれば、俺だってもうすこし良好な関係を築こうと思えるのに。

 誕生日の話を呼び水に、高梨が思い出さなくて良いような馬鹿話を思い出して、あれこれと俺の恥じをバラす。勉強はできないくせに記憶力はあるのがおそろしい。内田は主に俺の失敗話を、いちいち相槌を打ちながら聴いていた。

 いよいよ中学へあがろうかというころ、ようやく建物が見えた。

 鬱蒼とした山をそこだけ切り取ったように、小ぢんまりとした山門が建っている。

「なぁ? 合ってたろ?」

 高梨が安心したように言った。

 拝観料を支払い境内に入る。そしてすぐに圧倒された。

 外観通りに小さな寺で、参道は坂と階段でできている。そのほかは木々や草花と、おびただしい数の羅漢像である。視界のどこかには必ずあると言って良い。いつから並んでいるのか、あちこちに苔が覆っている。

「合ってるのか、ここで」

「たぶん合ってるだろ。寺なんだし。ちょっと怖いけど」

「怖いとか言うなよ。罰あたるぞ」

 正直に言うと、俺もちょっと怖かった。

 ジブリ世界に迷い込んだような、不思議な気分だった。

 山門を隔ててまったくの異世界のようだ。怖い怖いと騒ぐような怖さではない。童謡や昔話にまつわる陰惨な裏話を聞いたときのような、ぞっとするような恐怖。

 鈴やんも普段以上に無口である。

 しかし、情けない男三人を尻目に、女二人は石像の前に並んで屈み、和やかな雰囲気だった。

「おまえらすごいな」

 ついつい感心してしまう。

「なに。もしかして黒沢も怖いんじゃないの」

「怖かないけどさあ……」

「今すっごく面白い顔してるよ。写真撮っていい?」

 ギャル美にからかわれる。これ以上楽しませてやるものかと、無反応を決め込んだ。すると、ちぇっとつまらなさそうに、今度は鈴やんをからかいに行った。

 内田がちょいちょいと手招きをしていた。ギャル美と入れ違いにそこへ寄る。

「これ、みんな表情が違うんだよ」

 石像を指して言う。まだ少し怖かったけど、じっくりと眺めてみると、確かにそのようだった。表情もそうだけれど、ポーズをとるものや、何かを持っているのもある。

 それぞれに違うところを発見していくと、なんだかずっと愛らしく思えてきた。

 こいつを怖がるなんて、どうかしている。

「ね、可愛いでしょ」

 内田が微笑んで言う。

「うん。上もあるし見に行こう」

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