たぶん全裸選ぶと思う
更衣室の人はまばらだった。外へ出るとそれなりの賑わいだが、なるほど穴場というにふさわしい閑散ぶりではある。
首の後ろの紐を結ぶ。間違っても解けてなるものかと、念入りに結ぶ。着替えを終えて、持ち物を確認してロッカーの鍵を閉める。
「終わった?」
待っていたようなタイミングで、内田麻衣が声をかけてきた。
「お待たせ」
彼女はビキニというよりもセパレートタイプと呼びたくなるような、ちょっと可愛いデザインの水着だった。薄い青色が健康的で、内田にはよく似合っていた。例えるならちょうど、スクール水着の胸から腰を切ったような感じがする。はて、なんと呼ぶべき水着なのだろう?
ギャル美も正直に言って、水着には明るくない。店員に奨められるままに買ったくらいだ。家に帰って身につけてみて「黒だったんだ」と思ったほどだ。
「私正直、内田って学校の水着で来ると思ってた」
むっと睨みあげてくるけれど、迫力はなくてむしろ可愛らしい。
「私だって、水着ぐらい買うよ」
「そりゃそうだ」
トンネルのような出入り口を抜けると、太陽と砂浜の眩しさにしばし目が眩む。おそるおそる薄目を開く。何組かの家族連れと、カップルたちと、学生の集団。近所の子供たろう男女は、一目で学校指定だとわかる水着の団体。
ゆるいカーブを描いた砂浜を見下ろしてクラスメイトの姿をさがす。見当たらない。どこかのパラソルだろう。混み合っていないというのはありがたい。
階段を下りるとき、ちらりと背後を振り返ると、すぐそばまで山が迫っている。どことなく、箱庭のような印象を与えるビーチだった。
「というかね」
と、砂浜に飛び降り内田が、サンダルに入った砂を気にしながら言う。あらためて見るとそのプロポーションはすさまじい。身長の低さを考慮せずとも、胸囲はギャル美よりもあるだろう。しかしアンバランスという印象もない。キュッと引き締まったおなかまわりとか、細くはないけどだらしなくもない脚とか、とにかく全身の均整が不思議なほどにとれている。
人間の持つエネルギーをぎゅっとまとめた感じがする。
「スク水とかのさ、隠しているけどわかるみたいな、ぴちっとしたデザインの水着って、むしろ恥ずかしくない?」
「あ、わかるかも」
「私、全身タイツか全裸か選べって言われたら、たぶん全裸選ぶと思う」
「ごめん、それはわからない」
なんの自信なのだろう。
波打ち際に沿って歩く。粘っこい潮の香りがする。ノイズのような波の音が心地良いのはどうしてかしら。
内田と会話をしながら、意識の半分はすっかり休んでいた。
しばらく歩くと、思った通りビーチパラソルの陰に三人の男がいた。
高梨と、鈴やんと、黒沢だ。
まったくもってもったいないなと思う。自惚れているわけではないが、それでも自分が美人の部類だという自覚はある。内田は良い子だし、可愛いし、きっと自分が男子なら好きにもなるだろう。
それにそんな内田は、どうせ黒沢のことが好きなのだ。なによりそれがもったいない。こいつはそういう果報に気付いているのだろうか?
事の発端は、文化祭の準備中のことである。
学食も夏休みに入っているので弁当を持ってくるか、どこかで買うしかない。ギャル美はふと思い立って学校近くのオフィスビルにある食堂街に足を運んだ。
普段は制服で入りづらいが、私服ならば抵抗はなかった。適当なイタリア料理店に入ると、思いがけず高梨と遭遇してしまった。
学校の制服で、堂々としている姿を見て、なんだか馬鹿らしくなる。
少しの葛藤の末、相席しないのも不自然かしらんと、彼の正面の席についた。
たぶん売り言葉に買い言葉、という表現が一番正しいだろう。運転免許の話になり、自身の技量の話になり、だったら乗せてやろうという話が、いつの間にかできあがっていた。
「でも私、あんたと二人は嫌よ」
「オレだって、おまえと心中は嫌だ」
私服だし、学校ではないし、相手は高梨だし。たぶんまったくニュートラルな状態だった。坂道を滑り落ちるように加速してしまい、すっかりそういうことになっていた。
ただドライブでは寂しいので、夏らしい場所に行こうということになって、それなら海がいいと決まり、では誰を誘うかという話に至ったとき、ひょっとして上手く乗せられたのでは? という疑念が湧いた。いや、まさか、相手は高梨だ。
「黒沢誘っていい? あれで真面目君だからな。何かやるってなると、息抜きを忘れるタイプだから」
「文化祭自体、息抜きみたいなものなのにね」
しかし復活してからの黒沢は気合が入っている。呼ばれればどこへでも行くし、なんだってする勢いだった。
「っていうか、高梨も優しいのね」
「あん?」
「気の遣い方がおかしな気もするけど」
黒沢が来るのであれば、内田を誘ってあげたほうが良いだろうかと、ギャル美も妙な気を回した。今でも部活には出ているようだけど、すでに引退の身のはずだから誘って来れないことはないだろう。
「となると、鈴やんを誘わないと泣くな」
泣くかはともかく、そのほうが納まりは良さそうだ。つまりは春の遠足のメンバーである。そういえば鈴やんは運転免許に興味を持っていたなと思い出す。
学校に戻って黒沢をさがす。訪ね歩いてようやく捕まえたのは図書室だった。夏休みは閉館なのだが、軽音楽部の顧問が図書司書をしている関係で、東側の入口は開いているのだという。よくわからないことばかりに詳しい奴だ。
黒沢は、陸上部の眞鍋と雑談をしていた。体育大会では内田をかけて争ったはずなのに、男の子というのはわからない。まあ女も、自分のこともよくわからないんだけど。
二人の会話にわりこむように失礼して用件を伝えると、
「みんなはなんて?」
という返答だった。
「内田はみんなが行くならって。鈴やんは今、高梨が予定聞きに行ってる」
「ふうん。迷惑じゃない?」
「私? 全然そんなことないよ」
むしろ運転する機会が得られることが嬉しい。まったく無目的に親の車を借りる気にはなれずにいて、免許を取ってから二度しか運転していない。
「そう? それなら行く」
「海?」
眞鍋が訊ねてきた。全然話したことがないから、ギャル美は思わず「はい」と返事をしてしまい、意味もなく悔しくなった。
「眞鍋も来たいの?」
「そういうんじゃないけど」
「内田の水着だぞ?」
「そういう言い方されると行きたくなるけど……いやな、どこ行くか決まってないなら、いいところ知ってるから、教えてやろうと思って」
「いいとこぉ?」
「なんだその疑った感じ。帰ってきたらおまえ、絶対俺に謝りに来るからな」
「なに?」
浮き輪を膨らましている黒沢を見下ろしていると警戒するような声を出す。
体操服焼けをしているが、しかし不格好にならないくらいには地黒な肌は、うっすらと筋肉のういた男の人らしい身体をしている。
「いや、何かないわけ?」
眞鍋とは内田の取り合いで揉めていた。内田が黒沢に好意があることは、教室内での様子を見ればわかる。これということもないが、しかし確実にそうだと言える。一方の黒沢は、内田のことをどう思っているのか、よくわからない。仲は良さそうだけれど、それ以上でないようにも思うし、特別な感情があるようにも見える。
さすがに口には出せなくて、別の疑問が言葉になった。
高梨も鈴やんも、それとなく良い反応をしてくれるのに、黒沢だけは浮き輪に夢中だった。
「……水着ですね」
「別にいいけどさー」
「じゃあ、私、ひと泳ぎしてくるから」
言うよりも速くに、内田はゴム鞠のように跳ねていく。
高梨が後を追い、ゆっくりと立ち上がった鈴やんが手庇で空を見上げてから振り返る。
「おまえらは?」
「私も……あ、荷物」
「俺、あとビーチボールも膨らませなくちゃいけないし、先行ってて良いよ。荷物番してよう」
「あの、へこへこするやつないの?」
「空気入れ? 俺がそんな抜かりなく準備できると思うのか?」
なんの自信なのだろう。




