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走り出したら  作者: 肉団子
3章
65/124

心は走り出している

 打ちあがる花火を見上げて、武内は呆れ返っていた。担任に一言ぐらいあっても良いではないかと思ったが、しかしこんなこと言えるはずもない。

 きっと校長以下教職員には間違いなく大目玉だ。下手をすると近隣住民からの苦情も考えられる。しかし自分だけはなんとか庇ってやろうと思う。

 首謀者に心当たりはあるが、まさかそれだけでは成り立つまい。全員か、あるいはそれに近い人間が賛同したからこその結果だ。だとすれば、これが生徒たちのやりたかったことなのだ。

 引火などの問題が起こらない限りは、助けてやろうと武内は決意する。

「た……武内先生! これっ……!」

 島田が慌てた様子で走ってきた。

「落ち着いて、島田さん」

「しかしね……!」

「火を使って、もう始まってしまってる以上、下手に止めると余計に危なくはないですか」

「それは、そうだが……」

 武内は夜空を見る。せっかくだから楽しもうというほどに、開き直っていた。

「くそっ、やられた」

 多少は落ち着いたもののいまだに興奮気味の島田に、武内は花火を見物しながらどうすべきかと思案する。

「まあ、見事にやられましたね」

「最初からこれが目的か……」

 悔しそうに言う。島田はこの二日、黒沢と高梨を警戒していたが、なるほど自分たちに注意を向けさせて、迷路の中にでも花火を隠していたのだろう。片付けると言って先に抜けた連中が、準備を整え、あそこで打ち上げているのだ。

 よくよく観察してみれば、花火は三箇所か四箇所が、移動しながら打ち上げられている。通路に並べているようだ。

 よくもまあ、こんなことをやってのける。

 武内はかつて自分も、十代の不満と元気ばかりが有り余っていた時代に、そういうことを頭に思い描いたこともある。けれども実行する勇気も、付き合ってくれる仲間もいなかった。いや、相談すればもしかすると、実現したのかもしれない。ただ、やろうとしなかっただけだ。

 恥であるのか、良識であるのか。ともかく武内は、自分のできなかったことをやってのける生徒たちを素直に尊敬さえしそうになる。

 が、それはそれ、これはこれだ。生徒たちを庇いつつ、いかに上手に教育的指導をなせるか。それが大人の仕事である。


          ○


 真横で開く花火に、内田麻衣はドキドキしていた。上からだと、迷路の中を進みながら花火を上げる人影が見えた。

 最初、一斉に四発の花火が上がった。少し遅れて、校舎から歓声が響いた。それからはもう、滅多打ちという感じ。時折、緩急をつけるように大人しくなって、また一斉の花火が上がったりするので、構成も演出もないのに飽きはこない。

「黒沢くんが見せたかったのは、こっち?」

「どっちもかな」

「特等席だね」

「そうだな」

「怒られるでしょう」

「まあな」

 黒沢は少し気まずそうにため息をついた。

「わかってて、どうしてこういうことしちゃうかな」

「そういう顔が見たかったから」

「え?」

「楽しそうに笑う顔」

「誰の?」

「誰の……みんなの、かな」

「ふうん」

「それにさ、毎年思ってたんだ。祭りなのに花火がないのはおかしいってな」

「花火のないお祭りなんていっぱいあるよ」

「まあ、そうなんだけどな」

 次々に花火が打ち上げられていたのが、次第にスローテンポになり、ついに途切れた。たっぷり三秒、迷路の中でひときわ大きな炎の光が見えた。

 連続した、ほとんど一塊の破裂音のあと、迷路の上空いっぱいに、大量の花火が咲いた。

 ぱらぱらと拍手の始まりかけていた観衆の手が一瞬止まり、今度は大きな拍手になる。

 内田も拍手を送りながら、黒沢に訊ねた。

「どうして言ってくれなかったの。いじわる」

「秘密の計画ってのは、始まったら誰にも言わないのが鉄則なんだ」

「それだけ?」

「……まあ、驚かせたかったってのも、あるか」

 そういう仲間外れなら悪くないか。

 グラウンドがにわかに騒がしくなる。暗くて見えないが、声から察するに、クラスの男子が先生に謝り倒している感じだ。

「さて、何人来るかな」

 黒沢はゆっくりと立ち上がった。

「みんなで謝るの?」

「そう、数の暴力だ。一人二人ならまだしも、二〇人近く集まれば、そうそう処分もできないだろうってな」

「黒沢くんって、ほんと悪知恵ばかり働くね」

「先生に頭下げるの経験なら、負けない自信があるからな。内田は素直に知らないって言っておけよ」

 ぶらりと手を振って、梯子のほうへと歩いていく。

 ふと内田は、だから仲間外れにしたのではないか、と思った。他のことは全部後付けの理屈で、自分を巻き込まないために知らせなかったのではないか。

 そんな下手な気の遣いかた、あるだろうか?

「ねえ黒沢くん」

「なに?」

 黒沢は返事をしながら振り返り、梯子の最上段に足をかけた。

 驚くだろうか。どういう顔をするのだろう。不安と期待が鼓動を早くする。きっと彼はまだ気付いていない。だって悪戯が上手くいった子供そのものの顔だから。

 恐怖がブレーキを踏もうとするけれど、心は走り出している。もう止まれない。

 膝が笑っている。心臓がきゅっと潰れそうだった。閉じようとする喉を、深呼吸で動かす。

 声は素直に、はっきりと――

「私、黒沢くんのこと、好きです」


          ○


 頭がまったく働かなかった。軽トラックに撥ねられたときだって回っていた頭が完全に停止していた。それぐらい衝撃を受けた。

 言葉の意味を疑う余地がないほどまっすぐな告白だった。

 ああ、内田らしい物の言い方だな。

 ようやく考えられたのはそれだけだった。

 彼女はビルの窓灯りに浮かんでいて、表情はうかがえない。揺れるように身体が動いた。頭をほんの少し傾げる。

「早くみんなのところに行ってあげて」

「え……あ、ああ」

 内田に促されて。ようやく俺の時間が流れ出した。曖昧に返事をして、ほとんど飛び降りるように梯子を降りて、階段を駆け下りる。

 グラウンドでは思った以上の人数が頭を下げていて、ほとんど土下座する勢いのクラスメイトの中に俺も加わった。あとはもう、されるがままに任せるしかない。



 翌日の日曜日。

 三年七組はバイトなどの事情のない者は全員が登校した。人数は多ければ多いほど、罰が軽くなるだろうという打算はあったが、多くなればなるほど罪を逃れた人間の居心地が悪くなる。それを危惧してあくまで自由だと一応は念を押しておいたのだが、結局ほとんど全員参加になってしまった。

 不本意に頭を下げた人間がいないことを願うばかりである。

 ほぼ一クラス丸ごとという人数の多さが決め手だったか、学校の進学先一覧に希望の花を咲かせると期待される遠野誠が自首したからかはわからないが、校内清掃と反省文で許してもらえることになった。

「別に来なくて良かったんだぞ」

 穴だらけになった校庭にトンボをかけながら誠に言うと、鼻で笑われた。

「あんなに杜撰な計画で逃げられるわけないだろう。普通にバレたんだ」

 誠もそうだが、内田を含めた、そもそも計画を知らなかった奴らまで清掃活動にやって来たのは、心底申し訳なかった。

 しかし「どうせならば」という合言葉のもと、まるで文化祭の延長のように、徹底的に校内を綺麗にしてやろうという情熱に燃えていた。三年七組とおまけ一人は、かつてないほど掃除に着合いを入れていた。わざわざ家から磁石式の両面窓拭きを持ってきた者までいる。

 ふと空を見上げると、雲はすっかり秋のそれである。やっぱり昼はまだまだ暑いのだが、厳しい暑気ではない。包み込むような暖かさと、突き放すような肌寒さの不思議と同居する、秋めいた気候だ。

 風が吹く。見えない彼らを無意識に追った。

 内田はどこの清掃だろう……。ふと、頭をよぎる。

 返事はまだ、できていない。

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