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走り出したら  作者: 肉団子
3章
59/124

厳密である必要はない

 仮面の男こと藤川亮平は、恥ずかしがり屋かつ目立ちたがり屋である。テレビで見て格好良いなと思った物はだいたい真似をし、かつ習得できるという器用さもあった。

 しかし如何せん、恥ずかしいのである。

 色々考えた末、馬のマスクを買った。ネットの動画で、よく顔を隠すのに使っているのを見ていたからだ。顔を見られないというのは、それだけで恥ずかしさを緩和してくれた。将来はピエロにでもなろうかと本気で考えるくらいに藤川は心が軽くなるのを感じていた。

 せっかくだからと思って、マスクをかぶったまま客引きをやった。廊下で好きなことをやって、身体の動きで教室に入れと促すのである。案外と多くの人がそれに従ってくれて上機嫌だった。

 けれども廊下は狭い。ロッカーはあるし、人通りもある。パントマイムをメインにやってはいたが、ノってきて踊りだしても、すぐどこかにぶつけてしまう。

 途中、休憩がてら校内を回っていると、全身真っ白の人が立っていた。美術部の客引きだったが、なるほど動かない目立ち方もあるのだな、と感心した。姿が異様であればあるほど、ただいる、という状況が人の目を引くのだ。

 係りに戻ると、さっそく取り入れてみた。ポーズによっても人の反応が変わるのが面白い。時折思い出したように機敏に顔を動かして、ブルンブルンと馬の口を暴れさせてやると笑いが起こる。

 しかし、だ。動かないのは退屈だった。性に合わない。さて、いつ突然踊ってやろうかと考えていると、ぽんと肩を叩かれた。

 スリッパの色からして先輩だ。顔にも見覚えがある。彼は藤川に顔を寄せると、ささやき声で言った。

「思いっきり踊りたくはないか? お礼もしよう」

 お礼のほうはさておき、思いっきり踊れるというのは興味深い。キャラを守って、黙って肯いた。



 渡された学ランと仮面をつけて、用意されたブルーシートのステージで、藤川は踊りに踊った。思う存分、手足を振り回した。

 注意されたことは二つ。人が捕まえに来る前に撤退しろ。仮面は落とすな。

 仮面は既製品に手を加えたふうで、すこしキツかったがずり落ちなかったため、後者の注意は簡単に守れた。

 狭い視界の中に、階段を駆け下りる生徒を見た。それが自分を狙ってかはわからなかったが、引き時だろうと考えて藤川は手早く観客に頭を下げ、一目散に迷路に逃げ込んだ。

 待っていた人を追い抜かすのは少々心が痛んだが、致し方あるまい。周囲に人がないのを確認し、仮面を外して学ランを脱ぐ。一度二度、来た道を引き返しながら、問一のテーブルを発見した。

 軽く机を動かして、壁を向いていた天板下部の収納スペースを探る。ペンと紙を取り出して、代わりに学ランと仮面を中に入れ、机を元に戻した。

 ズボンの砂を払い、息を整えてゴールを目指す。

 出口正面に生徒指導の島田がいて、藤川は悲鳴を上げそうになる。ぐっとこらえて迷路を抜けると、ゴールのわきには藤川を勧誘した男がいた。

 彼はギリギリ藤川に聞こえる声で、

「食堂、副会長」

 それだけ言うと、いきなりボリュームのつまみを回して、「もしかして迷わなかった?」と訊ねてきた。

「いえ……あ、結構あっさりと」

 そういう設定か。一応笑顔を作ってその場を去る。

「明日は違うコースになるから、またどうぞー」

 背後からの声に振り返り、頭を下げて食堂に向かう、

 屋外席にはいない。副会長といえば、おそらくは生徒会副会長の高梨先輩だろう。食堂内に入ると、端っこの席で本を読んでいる副会長を見つけた。

 正面の席に座って、声をかける。

「あの、迷路の人に言われて」

「ん?」

 本から視線をこちらへと移す。「ああ、君か。しかしね、こういう場合、後ろの席にすわるほうがカッコイイと思わんかね?」

「……はあ」

「ま、いいや。ありがとう」

 副会長はさっとポケットからそれを取り出す。真っ白の机を滑ってきたのは、2Bのシャープペンシルの芯が三つだった。

「これ……本当に?」

「本当だとも」

 副会長は大きく肯いて、さっさと外へ出て行った。藤川もそれをポケットにしまって外へ出る。ちらりと屋外席を見ると、メイド姿の女性がいた。あんなに目立つ格好をしているのに、さっきは気付かなかったな。

 なるほど意識の問題だろう。別の物を探していたから、目に入っていても認識していなかったのだ。これからと、明日の客引きでは、そういうことも考えてみよう。

 恥ずかしがり屋で目立ちたがり屋の藤川亮平は、不必要な部分にばかり向上心の働く男でもあった。


          ○


 メイド姿ではあるが遠野誠は男である。生来の女顔に磨きがかかってはいても、れっきとした男である。

 第三者からどう見られるかということと、実際の状態とは一致しないことはままある。同じくらいに、本人の認識と実態が違っているということも、往々にしてある。

 明日で終わるという夏季限定メニューのかき氷をつついて口に運ぶ。スプーンいっぱいにはすくわず、また口も最低限しか開かない。なぜならばそのほうが女性っぽいからだった。厳密である必要はない。むしろ「ぽい」ほうがそう見える。なぜなら厳密な女も、厳密な男も存在しないからである。

「美味しいですね」

 精一杯の女声で言う。実はこれが一番難しかった。声が枯れるかと思うほど練習し、妹には「ついにおかしくなったか」と同情されてしまった。

「そのキャラ、守らないといけないの? 完璧主義?」

 正面に座った中原千佳が、ブルーハワイのかき氷をしゃくしゃくと食べながら訊ねる。今の遠野よりは、よほど豪快な食べっぷりだった。

「せっかくですから」

 にこっと微笑む。鏡の前で何度も練習したものだ。妹には本気で気持ち悪がられた成果は、きっとある。

「なんだろう、普段を知ってるから気持ち悪いんだけど」

「でも」

 と、声を戻す。「この見た目で男の声っていうのも、気持ち悪いだろ」

「ああ、まあ、たしかに……」

「でしょう?」

 また声を高くする。本当はやめたかったが、女装をしながら素の自分でいるのが恥ずかしかった。なりきればそれはそれで気持ちも誤魔化せるのだが。

「さっきの踊ってた人、修ちゃんじゃないよね?」

「修一はいま当番のはず」

「じゃ……誰だろ」

「さあ」

 当番を終え、中原に電話をかけるとすぐに出た。何か食べたいということだったので、食堂で落ち合うことにした次第である。携帯電話で写真をとって、二人でかき氷を食べている。

「遠野も何かさせられるんでしょ?」

「そうみたい」

「あ、ごめん。やっぱり声を戻して。ちょっと可愛いのがムカついてきた」

「そう? じゃあ普通に喋るけど」

「ありがと。お礼に一口あげる」

 かき氷のカップを差し出してくる。遠野は演技ではなく、遠慮で小さくすくって青い氷を食べた。

「遠野って付き合い良いよね」

「そうかな」

「断れば良いじゃない、あんなの」

「ま、そうすると泣くから」

 冗談を言ってから、そんな自分に驚いた。「それに中原だって、文句言いながらやるだろ?」

「ん、まあ……いや、やんないけど」

 肯いてから慌てて訂正し、誤魔化すようにかき氷を一気に食べた。頭痛がきたのかこめかみを押さえて動きが止まった。かき氷日和はもう来ないだろう。半分食べただけで、寒くなってきた。

「大丈夫?」

「うん……というより、そもそも意外なんだよね」

「なにが?」

「遠野とあいつらが仲良いの。話、合うの?」

「それなりに」

 答えながら、無意識に記憶がよみがえる。「変な意味に聞こえるかもしれないけど、俺、好きなんだよ、黒沢が」

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