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走り出したら  作者: 肉団子
3章
58/124

2B

「マジなんだろうな?」

 元野球部の山本が、確認しながら白を切った。

「マジはマジだぜ。好みが合うかどうかは知らんけどな」

 返事をしながら、高梨が八索を切る。ツモ切りだった。

 一号館三階の一室で、俺たちは卓を囲んでいた。マットと牌のセットは、新聞部から借りた物だ。対価として俺たちは、校長の鬘を飛ばす方法を与えてやった。

 ただで貸してくれたって良いのに。

 南二局、親は高梨。こちらも元野球部の長谷部が聴牌気配。山本はおそらくすでに降りている。長谷部はさっきドラの九萬で鳴いていた。あれで張ったのだろう。捨て牌から察するに、染め手濃厚。しかし役牌のみのドラ三も十分にある。

 俺は手牌を見つめ、ほとんど祈る気持ちで四萬を切った。

「ポン!」

 高梨の声。ひとまず胸を撫で下ろす。

 その後は静かに進行していき十三巡目、長谷部が鳴いた。

「カン」

 ツモ牌を九萬のところへ持っていく。

「ロン! 槍槓平和ドラ一」

「えっ!」

 長谷部が信じられないという顔で、俺の手を覗きこむ。「なんでこんなとこで待ってるわけ?」

「別に狙ってたわけじゃないけどさ、案外出るだろ、槍槓って」

「出ねえよ」

 高梨がジャラジャラと牌を混ぜながら言う。

「そうか?」

 槍槓とは、誰かが加槓を行なった際、それが上がり牌であればロンできるという役である。たしかに滅多と見ることはないが、しかし狙えないこともないと思う。それが槍槓にならずとも、誰かが引けば順子でない限りは切られるわけだから、無理をして狙うほどではないが、手を崩して回避することもない。

 長谷部から点棒を受け取って、山を積んでいく。

 三巡目を終えた頃、唐突に入口のドアが開いた。担任の武内が俺たちに気がついて渋い顔をした。

「なーにやってんだ、おまえら」

「麻雀っすよ」

 高梨が答える。

「それはわかってる。文化祭なのに何やってるんだって言ってるんだ」

「今南三だから。もうちょっとだけ待ってくださいよ」

「……がっつり半荘か」

 武内が呆れる。俺はツモ牌を切って訊ねる。

「そういや半荘ってことは、全荘があるんですよね?」

「一荘な。国際的にはこっちがルールらしい」

「へー先生、さすがに物知りですねぇ」

「黒沢、おまえ今ちょっと馬鹿にしたろ」

「してないですよ。ずっと半荘が基本なんだから、半分じゃなくない? って思ってたんですよ。疑問が解決してすっきりしましたよ」

「まあいいが……」

 武内は腕組みをして俺たちの周りを一周し、山本が机に置いていた財布に目をとめる。「まさか、賭け事をしてるんじゃないだろうな」

 高梨がしまったという顔をする。幸い武内は俺のほうを見ているので気付かれてはいない。

「してますけど」

「あのな――」

「いや、賭けるって言っても、文房具ですよ、文房具。シャー芯を賭けてるんですよ。一位が三つ、二位が一つ取るってルールで。多少は何かあったほうが、盛り上がるでしょう?」

「……ううむ」

 唸る武内に、賞品として置いてあったシャー芯のケースを指さして見せる。

「ダメですか?」

「……どっちにしても、だ! それが終わったら解散するように」

 まったく……とぼやきながら教室を出て行く。背中はくたびれた中年という感じがして、ジャージ姿であることがその雰囲気に拍車をかけていた。

「黒沢の番だぞ」

 山本の声に慌てて牌を引く。有効牌。手出しで二筒を切ると、

「ロン」

 と、長谷部が手牌を倒した。うわ、まったく考えてなかった。

 見えなくなった武内を睨む。おまえのせいだ。


          ○


 武内は体育教官室で一息ついていた。体育館と隣り合うため舞台上の声も届く。どこかの部活が、研究発表をしているらしいが、どこだったか。耳を澄ましてみても、何の話かさっぱりだった。自慢ではないが勉強はできない学生だった。

 つっかけを履いて外に出る。まだ陽射しは熱い。しかし不快な蒸し暑さは最近感じなかった。自分のクラスの子供たちが作った迷路を上から眺めていると、無意識にポケットから煙草を出しかけて、いかんいかんと奥に押しやる。高いところにいるとうっかり煙草を吸いそうになる。バカと煙というわけだ。なら俺は馬鹿か。

「あ、武内先生。お疲れ様です」

 体育館から島田が出てきた。首に折紙で作った鎖を巻いていた。胡乱な目つきでそれを見ていると、

「ああ、これですか? ボウリングでターキーを出しまして、記念撮影で……」

 恥ずかしそうに頭をかく。

「一年のやつですか」

「強引に誘われたもので」

 島田は出しっぱなしの物干し竿をよけて、武内の隣まで来た。

「盛況ですなあ、武内先生のクラス」

 確かに入口のほうには、数人の列ができている。

「まあ、一安心ですね。あいつらやけに気合入ってましたし、それで人が来なかったらかわいそうだ」

 その場合どうやって励ましてやろうかと考えていたが、杞憂にすんで良かった。

「そういえば、黒沢と高梨。あいつらどうしてます?」

「どうって……」

 武内は目を凝らして出口付近を見る。「今は当番やってますけど。高梨のほうはどうでしょうね?」

「ああ、あれ黒沢ですか」

 島田も目を細め、出口のほうを見た。「あいつら、変なお面かぶって変なことやってません?」

「あれ、あの二人なんですか?」

「あくまで勘ですが」

「いかんですなあ。勘で生徒を疑うというのは」

 実を言うと、武内もそんな気がしていた。しかしまあ、例えそうであったとしても、それぐらいは大目に見てやろうと思っていた。祭りなのだ。多少、何かこう、若さが爆発することもあろう。それとも生徒指導教員ともなれば、何事も許せなくなるのだろうか。

「ああ、そうだ。その二人ならさっき、麻雀やってるのを見ましたよ」

「本当ですか?」

「ええ。まあ文房具を賭けてるくらいだったし、半荘終わったら解散するようにとは言っておきましたけどね。毎年いますねえ、空き教室で遊んでる奴。去年ドミノやってましたよ」

「文房具?」

「シャーペンの芯だったかな。2Bなんてあるんですね。はじめて見ましたよ」

「……ほう」

 学生時代ボウリングが流行し、賭けをやったなと武内は懐かしくなる。たしかあの時は、ビリがジュースをおごるというのが一番盛り上がったか。大きな打撃を受けない程度で損得のある勝負が一番楽しい。

「ん?」

 制服の男子生徒が数人、校舎の陰から迷路の壁際へと走っていくのが目に入った。青い棒を抱えている。

「なんですかね」

「さあ?」

 言っている間に、彼らは青い棒をグラウンドに広げた。ブルーシートだった。数は四人だ。シートの四隅に屈んでいたかと思うとさっと散り、後から学ラン姿の男がステップを踏みながらシートの上に乗った。

 ターンしてこちらに向いた顔には表情の読めない仮面。

「さっき言ってた奴ですね」

 武内はのんきに言う。島田は信じられないというふうに身体を乗り出してみていた。

「黒沢が当番ってことは、あれは高梨か?」

「どうでしょう。あいつ、あんなキレキレのダンス踊れますかねえ」

 運動神経は決して悪くはないのだが、身軽という印象もない。器用にブレイクダンスなど踊る姿がイメージできなかった。しばらくそうして踊っていると、彼はダンスをやめて校舎のほうに集まった観客に二度ほど頭を下げる。

「あ! ちょっと行ってきます」

 ようやく我に返った島田が、校舎との通路にもなっている階段を駆け下りていく。その間にも仮面の男は食堂のほうへ逃げて行く――かと思いきや途中で進路を変えて、迷路の中へ駆け込んだ。遅れて現れた島田はブルーシートの回収に来た生徒に詰め寄る。彼が迷路を指差すと、島田は逡巡した後、出口へと向かった。

 仮面のマジシャンを捕まえると豪華賞品が貰えるという。その噂を信じたのか、数名の生徒がぱらぱらと出てきた。愚直な者は入口へ、いくらか賢明な者は出口に回る。

 しかし、いくら待っても仮面の男は現れなかった。


          ○


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