内田に悪いな
このバカみたいに暑い日に、わざわざ外に出て校舎裏で会議をする黒沢はわかっている、と高梨は心底思った。
簡単な概要と、遠野への頼みごとを済ませると、生徒会でのひとまず用事を終わらせて、今度は教室で詳しい内容の説明をすることになった。次の作業日にはできるだけ多く集まってくれと連絡が回ってきたが、教室は八割方埋まっていた。
「あれ? 内田は?」
黒沢はきょろきょろしながら訊ねた。
「マイマイはお墓参りだって」
「あっそう。そりゃ悪いことしたな」
頭をかいてから、教卓に両手をのせた。「さっき確認してきたら、なんとか許可が下りたんだが、会場を変更します」
「変更? どこに」
「校庭」
教室全体からざわざわと声が上がる。
「そうすればまず宣伝。校庭は二号館の窓から見える位置にあるから目につく。それから教室より大きく面積が取れるから今より自由がきく」
「でも準備大変じゃない?」
「まあ作業は増えるだろうな。ちょっとは楽をする案もあるけど、それは必要になったときに話すよ」
「雨が降ったら?」
「そのときは最初の予定通り室内でやる。材料自体は変わらないんだから、図面だけ用意しておけば作業自体はそう変わらないと思う」
質問が一通り終わると、黒沢は一度咳払いをする。
「ここからが重要なんだけど――」
○
ギャル美は黒沢を待つ間、クラス会議のことを思い出していた。彼の話した計画は、あまりに馬鹿げているというか、馬鹿そのものというか、要するにとても下らなかった。
だけど、どうしてだろう、あの悪戯っぽい、心底楽しげな笑顔を見ていると、それがとても素晴らしいものに感じた。
戸惑うみんなの背中を押したのは高梨だろう。
「協力しろとは言わない。そりゃしてくれたらありがたいけどさ、オレたちは二人でもやる。だから話に乗らないってんならそれでもいいけど、できたら今日のことは聞かなかったことにして欲しい。でも、できれば協力して欲しい」
なんとなく、あれを放って置けない気になった。「でも」と言いながら、眉をハの字に垂れさせて、協力しないと悪いなという気持ちにさせる。高梨はそういう、人の懐に入るのがとても上手だった。
ガラスに映った自分の姿を確かめる。
白のシャツに紺色の上着を羽織り、ベージュのショートパンツからはすらりと脚が伸びている。スニーカーはいつも適当だった。誰が言い出したのかオシャレは足元かららしいが、靴擦れに泣いた記憶のあるギャル美にとって、靴は機能性が一番だった。
本当は黄色い上着が良かったな、とギャル美はふんわりとまとめた三つ編みを撫でた。
「遅いな」
腕時計を見る。しかし待ち合わせにはまだ時間があった。どこかの喫茶店を指定すれば良かったと後悔する。汗でくっつきそうな前髪を、ガラス越しに直す。
内田に悪いな。
ふと頭によぎった言葉に、ギャル美は首を傾げた。悪い? 自分だって巻き込まれているのに。夏休みに出かけるくらいで、どうしてだろう。
その計画には資金が必要だった。それもそこそこの額の。文化祭では各クラスに五千円が支給されるが、それはきちんと管理されるお金で、秘密裏に行なわれる今回の出し物には別にお金が必要だった。
説明を終えた黒沢は、二つのお願いをした。一つは資金提供。もちろん強制はまったくしなかったし、余裕がないなら出すなとも言ったが、話に乗った面々はお金を出し合った。ギャル美だって、二千円も出した。そしてもう一つはすべてを口外しないこと。参加不参加、学校関係者無関係者、あらゆる相手を問わずである。
そこで持ち上がったのが、首謀者たちへの不信感だった。
なにも二人が騙し取ろうとしていると考えた人はいなかっただろうが、学年成績最左翼の高梨と、飛び降り未遂の黒沢では、どうにも不安が残る。
そういう次第で、買い出しには監視をつけることになった。貧乏くじを引かされたギャル美は、これも一つの信頼だろうと諦めることにした。
「ごめん! 遅れた?」
時計を見ながらくるりと身体を回す。ちょうど秒針が頂点を指した。
「きっちり五分前。狙ってた?」
「まさか」
黒沢は青いジーンズにプリントTシャツだけという、非常にラフな格好だった。家を出る前、何度も鏡を覗いたことを思い出して、すこし悔しい気持ちになる。
「前にも思ったけど、黒沢って意外と着痩せするよね」
「え? 太ってる?」
「いやそっちじゃなくて」
意外と体型を気にしているのか、自分の身体をぺたぺた触る様子に、ギャル美はくすりとくる。
地下への階段をおりていく。一歩ごとにひやりとした空気が濃くなる。
「案外筋肉あるよね」
「おいおい、褒めたって何にも出ないぞ」
わざとらしく言いながら、財布のお札入れを探る仕草をする。唐突にそれをやめ、「ギャル美もそういう服着ると印象変わるよな」
「そう?」
「うん。普通に可愛い」
「いつもは可愛くないと?」
「いつもは綺麗って感じ」
「あっそう」
素っ気無く返事をして、ふいと案内板に顔を向ける。表情が緩むのがわかった。
表示に従って地下道を歩き、地下鉄の券売機前にたどり着く。
「・・・・・・内田に悪いな」
路線図を見上げながら、ふと口をついた。
「え?」
黒沢が切符を渡してくる。小銭を出そうと財布を開けると、それを断って改札へ行ってしまう。後を追いながら、帰りは二人分買おうと決意するギャル美だった。。
「みんなに悪くない?」
「なにがさ」
「学校に来てなかった人に言わないのとか」
プラットホームにはすでに電車が来ていた。一瞬視線を交わし、階段を駆け下りて乗り込むと、アナウンスで注意された。
恥ずかしかったが、不思議な高揚感もあった。黒沢と顔をつきあわせて笑う。
「それで、どうなの?」
「祭りは見るに限る」
「そう? 私は仲間外れにされるの、嫌かも」
「別に仲間外れにしようってんじゃないけどさ」
黒沢は難しい顔をして吊り広告に目を向けた。「自分のいないとこで決まったことに、参加するかしないかって言われるの、嫌だろ」
「まあ、たしかに」
「内田には、何かしら楽しめるように配慮してやらないとなあ」
「……私はみんなの話をしてるんだけど」
「……俺だってそうだけど」
「いやいや、今あんた」
「違うって。これを思いついたとき一緒にいたのに、結局話せなかったから」
「ふーん」
疑わしげに半目をつくり、見下ろすように顎を上げる。
「なんだその顔は」
「ううん、別に。ただ、黒沢は内田のことを楽しませたいんだなーって」
「そんなわけあるか。そのときだけの見物客と、準備期間も含めて楽しめるこっちなら、こっちのほうが楽しいね」
「それ、さっきのことと矛盾してない?」
「してない」
黒沢は自信ありげに笑みをつくった。「楽しいの種類が違う」
目的地に着くと、黒沢は逃げるように電車をおりた。
階段を一段のぼるたびに気温が少しずつ上昇していく。喧騒とともにセミの声が聞こえてくると、ギャル美はそれだけで汗をかき始めた。
「黒沢って案外良い奴だよね」
「なに言ってんだ? 見た目から中身から良い奴だろ?」
おどけて言う。黒沢は冗談を言うとき、わざとわざとらしくする。
黒沢の意外な一面に気がつくたび、心のどこかで内田への申し訳なさを感じる。
どこかに、もやもやしたものを抱えながら、せめて彼女に、他のみんなに楽しんでもらえるよう、買い出しの任務を全うしよう、と静かに決意した。
店員に気に入られればおまけをしてもらえることを、ギャル美は経験で知っていた。幸いにして、大人に気に入られる術は心得ている。
まずは店員と話すことだ。
○




