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走り出したら  作者: 肉団子
2章
33/124

道はない

 リヤカーに積み込んで、俺たちはじゃんけんをした。負けた俺と高梨がリヤカーを引き、後ろから押し、勝った誠は、荷台で笹が落ちないように押さえる役目となる。

 学校まで最短ルートを選んで走った。リヤカーごと例の駐車場に入り、周囲に人の目がないことを確認する。先に高梨が校内に侵入し、俺が塀の上に陣取る。

 誠が俺に渡して、俺が塀を越えさせて高梨に手渡す。誠を連れ出したのは、主にこの笹リレーのためだった。

 笹は背丈が数メートルあって、塀の上で取り回すのには一苦労する。ネットに引っ掛けないように注意して校内に運び入れ、俺たちはグラウンドを横切って行く。

「どこに置くの。玄関前?」

「それは考えてないんだよなあ。どこがいい?」

「よくわからないけど」

 と、遠野が呟く。「ある程度目に付くほうがいいんだろ? だったら、玄関前だと緑に緑でぼやけるんじゃないの」

「たしかに」

「じゃあ緑がない場所……」

 グラウンドのど真ん中というのはいささか迷惑が過ぎるだろうし。校舎内に入る術はない。テニスコートや弓道場は、敷地内では僻地の部類だ。

「じゃあ、あそこで良いか」

 俺は指差す。中庭から体育館に向かう道の途中に、小さな空き地がある。グラウンドと同じような土だけの空間だが、いかんせん狭くて、せいぜい相撲を取るくらいしか使い道のない空間である。そしてそこそこ人目につく場所である。

 三セット用意しておいた鋏と糸で、短冊を笹の枝にくくりつけていく。暗いながらも、街灯の光が届くおかげで、文字はなんとか読めた。「大学合格」同学年だろう。「阪神優勝、日本一」たしか今年はすでに絶望的らしい。「おっぱい」直接的だな。

「アホが治りますように」という短冊を取ってしまい、手が止まった。

 今朝のことである。別教室での授業のため移動をしていると千佳に捕まった。その顔を見て俺はひどく嫌な気分になった。姉と同じだったからだ。

「ねえ修ちゃん。私が心配することじゃないけどね、こんなことしてる暇あるの?」

 ぴらぴらと短冊を振る。

「暇は……ないけど」

「どうせ言ったってやめないでしょうから、参加してあげる」

 と、俺に突きつけてきた短冊には「アホが治りますように」と書いてあった。「直る」と書かなかったのは、千佳なりの優しさなのだろう。

「人の願い事じっくり読んで、趣味悪いぞー」

 高梨の声にはっとする。

「いいんだよ。俺の願い事みたいなもんだから」

 糸を通して、丁寧に結びつけた。

 見栄えを考えて、一本あたりにすこし多いかなというくらい短冊を結んだ結果、五本で十分だった。残った三本はゴミ捨て場へ運んでおく。

 帰り際、体育館の裏へ寄り道して、物置小屋へと向かう。鍵は開きっぱなしで、中には園芸道具が入っている。

 そこからシャベルを拝借して、小グラウンドへ戻った。縦に深い穴を掘り、笹を差し込んで土を戻して固定する。

 すべての作業を終え、後片付けをしてから学校を後にした。

「言うまでもないけど誠、明日は知らないふりしてろよ」

「まさしく言われるまでもない」



『七夕飾りに心当たりのある生徒は本日中に職員室に来るように。繰り返す、七夕飾りに心当たりのある生徒は本日中に職員室に来るように』

 一時間目の授業が始まってすぐに放送がかかった。準備をしている姿を知っているクラスメイトたちの視線が二手に分かれて集まる。つまりは俺と、高梨に。

 わざとこんな目立つ放送をかけたな、と俺は舌打ちをする。逃げやしないのに。

 本日中と言われたので、俺は一時間目が終わってさっそく職員室に出向いた。さすがに生徒指導の島田も予想していなかったらしく、「もう来たのか」と怒るより先に驚いていた。

 俺と高梨は職員室の奥に設けられた、衝立てで区切られ簡易の応接室に通される。ソファは机の両側にあったが「座れ」とは言われなかった。

 湯気ののぼる湯呑を手に、島田がソファに座った。生徒指導はどこの学校でもそうだろうが、やはり彼も図体が無駄に大きく、無精髭を茂らせているせいで、良くて原人、悪ければゴリラという印象である。

「……やっぱりおまえらか」

 茶を一口飲んでから、島田はわざとらしく首を振りながら言う。

「やっぱりってなんですか」

「最近どうも怪しいことをして回っているという話があったからな。それで、あれはいつやった?」

「夜、ですかね」

「忍び込んだのか?」

「そうなります」

 島田は腕組みをしてうんうん唸る。学校をサボって怒られるならまだしも、学校に来て怒られることはないでしょう、という冗談は、思っても口にしない。それくらいの分別はつくのである。

 腕組みをしたまま天井を見つめた。

「なんであんなことやったんだ?」

「はい。それは受験勉強をしていると不安に襲われ、みんなも同じ気持ちを抱えているのではないかと思いまして、気休めでもそれを緩和できればと考えた結果、ああいう形になりました」

 もちろんそんな気持ちはほとんどなかった。

 島田が視線を高梨に向けると、高梨はこくこくと肯いた。

「創立記念日のあれもおまえらか?」

「……はい」

「なにか言い訳はあるか」

「いえ、ありません」

 泡立ちの良さそうな髭をなでながら「どうして素直なのか」と独り言を漏らす。彼としては足掻いてくれたほうが指導しやすかったのだろう。

 しばらく考え込んでいたけれど、チャイムが鳴ると島田はあきらめたように、髭をなでていた手で自分の膝を叩いた。

「反省している、ということにしておいてやろう。来週の月曜日までに反省文を持ってこい」

 じろりと俺と高梨の顔を睨みつける。

 俺たちは頭を下げて、職員室から退散した。


          ○


 つづら折りの山道をいくら登っただろうか。ぽたりぽたりと汗が一滴ずつ、顎の先から落ちて、アスファルトを黒く染める。

「休もうぜぇ」

 悲鳴にも似た声が、うしろから俺にしがみつく。

「もう少し歩けぇ」

 力ない返事は、はたして高梨まで届いたのだろうか。

 カーブの途中、ガードレールの外側に、コンクリートのでっぱりが見えていた。歩道がないから、休むにも場所を選ぶ。

 自転車に体重を預けてほとんど前のめりになりながら、ようやくたどり着いた休憩所で、俺たちは一息つく。

 シャツを脱ぎ捨てると、汗がジリジリと焦げつく感覚。体温と外気の境がなくなっている。風が肌を撫でると体温が奪われ、自分と世界とが別物なのだと思い出す。

 ペットボトルに注いできた麦茶を飲むと、生き返る心地がした。

 眼下に広がる光景に、もうずいぶん登ってきたのだと気がつく。けれども見上げてみると、まだ先は長い。

 七夕の頃はまだ、楽しかった。楽しもうとしていたし、それができていたと思う。

 いつから。

 どこから。

 辛い山道から逃げるために、頭の中はそればかりだった。どちらが辛いかはわかったものではないけれど。

 セミが鳴いていた。セミだということはわかるが、耳に馴染みがないない声だ。

「これ、何ゼミ?」

「たぶんアブラゼミだなあ」

 何の気なしに訊ねてみると、あっさりと答えが返ってきた。高梨はシャツを着直して寝転がっていた。

「聞かない声だな」

「アブラはな、街中にはあんまりいないな。鳥に食われてるんだとか熱さに弱いとか言われてる」

「近所でいっつもシャンシャン言ってるのは?」

「あれはクマゼミ。風情がない声で嫌になる。オレはアブラゼミのほうが好きかな」

「おまえ、虫詳しかったっけ?」

「親父が好きだからさ」

「ああ、そういえば」

 小学校のころ、カブトムシ捕りに連れて行ってもらったことがあった。子供の経験をダシにした趣味だったのだろうか。

 体力が戻ってくると、休んでいてもしかたがないという気持ちがわいてくる。戻るにしろ進むにしろ、こんなところでじっとしていたって、干物になるだけだ。

 戻る? 戻れるのか? ちらりと来たほうをみると、数台ずつ車が登ってくるのが見える。結構な斜度である。逆走で下る勇気など出てこない。

 登りきるほかに道はないのだ。

 高梨と連れ立って、再び山道に挑む。筋肉も自転車もギシギシ軋むようだった。


          ○


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