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走り出したら  作者: 肉団子
2章
32/124

神頼み



 学年あたり八組あり、入学時には一クラス四〇人、合計で三二〇人。中退、留年その他で少し減ってはいくけれど、単純に考えて九六〇人人が生徒の総数となる。ざっと数えても九五〇枚の短冊が必要だった。

 だいたいがファミリー向けの既製品で集めるには途方もない数を買い込む必要がある。そこで五〇〇枚入りの折紙を購入して、半分に切ることで一〇〇〇枚賄うことにした。

 生徒会室に裁断機があるということで、この作業は高梨に一任し、俺は短冊の回収箱を作ることになった。

 段ボールで簡易の回収箱を製作する。下手に蓋があると、のぞかれる心配から参加者が減るかもしれないと考えて、紙の投入口だけ開けておき、すべてをテープで固定する。

 箱だけでも二四個必要なのである。学校に運ぶ手間を考えて、俺は授業中にせっせと仕事をした。休み時間、ギャル美がそっと俺の額に手を当てて、哀れみを含んだ笑みを浮かべ、ミネラルウォーターを差し入れていったのが、何より心に響いた。

 彼女の優しさもそうだけれど、ふと冷静になる自分に襲われる。

 これでいいのだと自分に言いきかせ、高梨と二人、放課後の教室で短冊に穴を開ける機械と化していた。

 穴あけパンチを使い、一人五〇〇枚のノルマをこなす。あまり一気には貫通しなくて、小分けして何度も何度も穴を開けていると、なんだか悲しくなってきた。慰みに、

「パイルバンカー!」

 と、叫びながら勢い良くハンドルを押す。よけいに悲しくなったけれど、なぜか高梨がげらげら笑い転げていた。

「笑ってないでやれよ」

 軽く蹴る。ひーひー言いながら這うように椅子に座った。どこがツボだったのだろう?

 そんなふうにして、およそ受験生らしくない日々を過ごすうちに暦は七月になった。

 一学期末試験は七月頭にあるわけで、俺はそんなことすっかり忘れていた。とはいえ赤点になりそうな教科もなく、いつも通りという成績で難なく乗り切った。

 試験翌日の七月六日、登校した生徒たちは見慣れない物を目撃することになった。「本日回収」と書かれた箱と、すべての机に入れられた折紙の短冊である。黒板には汚い字で「七夕の願い事を書いて箱に入れてください」とある。

 自分でやっておきながら、そのあまりのアホさに改めて呆れた。

「なんかやってるなって思ったらこういうこと?」

 ギャル美が俺の前の席に座る。「黒沢、なんかキャラ変わってない?」

「俺は元々こういう人間なんだよ」

「そう? 遠足のときの黒沢のほうが、なんか自然に見えたけど」

「緑が豊かだったから」

 数秒思考に固まったあとで、脛をこつんと蹴られた。

 クラスメイトたちは面白がってみんな本気か冗談か願い事を書いて箱へ投入してくれた。さて、他の教室でもある程度集まっていると良いのだが。

 一日、合格発表を待つような不安を抱えてしまう。高梨に付き合っているだけの立場だけれど、せっかく頑張ったのにシカトを決められてしまうとさすがに傷つくよな……と、最悪を想定して気が滅入る。

 放課後、部活が始まった時間を見計らい、高梨と手分けして箱を回収した。軽くやらしてみると、どれもそこそこ紙が入っているようだった。

「そういやよ、黒沢」

「あ?」

 短冊を箱から出して、適当な数にまとめている手を止めて、高梨は顔を上げた。

「この短冊をどうするわけ?」

「……言ってなかったっけ」

「聞いてない」

「俺は他に用意するものがあるから、この短冊を持って、今晩八時くらいに俺の家に来てくれ」

「りょーかい」



「で?」

 誠がすこし不機嫌そうに俺を睨む。「どうしてもって言うから来たわけだけど、なんで高梨がいるんだ? 絶対ろくな話じゃないだろ」

 八時過ぎ、インターフォンが鳴ったので、外へ出てみると、真っ先にそう言われた。挨拶もないとはご挨拶な奴だな、というダジャレはどうせ滑るなと思って心にとどめる。

「人手がね、足りないからね」

「俺は勉強に忙しいんだ」

「一晩勉強しないと、そんなに影響あるの?」

「そんなわけないだろ」

「じゃ、問題ないな」

 玄関を閉めて歩き出す。背後から聞こえる「ぬかった」という声に俺は満足する。

「どうせ短冊のやつだろ?」

「まあな」

 高梨は返事をした勢いで俺に向かって言う。「どこ行くんだ?」

「短冊だけあったって寂しいだろ?」

「笹狩りですか……」

「そう。でもその前に、運搬用のリヤカーを借りにいく」

 俺もいろいろ考えてみた。リヤカーを引くのと、笹を肩に担いで歩くのと。どちらも怪しいといえば怪しいが、だとすれば一まとめに運べるリヤカーのほうが良かろう。

 保身的な気持ちを隠して、堤防へ行く。焚火の光は遠くからでもはっきりとわかった。

「おっちゃん! 借りに来た!」

「……ほんまに来るんか」

 おっちゃんは変人を見るときの冷ややかというか、呆れというか、理解が追いつかないという表情で俺を見た。ホームレスにそんな視線を向けられる日が来ようとは思っていなかった。

「あれぇ? おっちゃん?」

「ああっ、高梨いうたか」

 数年ぶりの再会を喜ぶ二人を尻目に、鶏小屋のそばに停めてあったリヤカーに歩み寄る。金属のフレームに、木製の一畳より少し広い荷台がついている。後方は開閉式になっていて、使いやすそうだ。所々錆びてはいるが、頑丈そうである。タイヤの空気もばっちりだった。

 夕方に一度訪れて、貸し出しの依頼をした。「どうせ夜は使ってないし」と首肯したのだが、冗談だと思っていたらしい。

 リヤカーを引きながら高梨に声をかけて、次の目的地に向かう。

 途中、突然ずしりとリヤカーが重くなった。振り返ってみれば、誠が優雅にくつろいでいた。

「おまえら、あのホームレスと知り合いなの?」

「友達みたいなもんだよ」

 と、高梨が答える。

「そうなの?」

「……まあ、知り合いだ」

 堤防からすぐの神社前にリヤカーを停める。鳥居をくぐって、手水舎で案内書きにしたがって手と口を清める。

 鎮守の森がぐるりと廻っているおかげで、境内は都会にしては暗かった。気のせいか音も遠く、鳥居を境に外の世界とは断絶されたような気配だ。

 拝殿のガラス越しに、ぼんやりと灯りがみえる。

 高梨が不安そうに確認する。

「笹だよな?」

「笹だよ」

「なんで神社?」

「そりゃまあ、盗むから」

「おま――神社から盗むって、おまえっ……」

「言葉が悪かったな。神主にはナイショで貰ってくって意味だから」

「いやいやいや、それを盗むって言うんじゃ……」

「まあまあ。あんま叫ぶなって」

 拝殿前で立ち止まる。ポケットに入れておいた五円玉を、賽銭箱に投げる。二度頭を下げて、二度拍手を打つ。二人も同じ動きをした。

「これからちょっと笹だか竹だかをもらって行こうと思いますが、もしダメだったら今すぐ俺を殺してください」

 一秒、二秒。

 何も起らないことを確認して、俺はもう一度頭を下げる。

「良いってさ」

 高梨に笑顔をむける。彼は「うわあ……」とドン引きしていた。

「おまえ、それは、おまえ……」

「なんだよ。神様が持って行って良いって言ってんだから、何も問題ないだろ」

「こんな脅しみたいな神頼み見たことねえ」

「屁理屈の極みだな」

 と、誠は逆に少し楽しそうだった。

「神頼みなんてだいたい気休めだろ。良いんだよ、こっちが納得してれば」

「これからその神頼みを掲げようってのに、なんて言い方するんだ」

 拝殿横の小道を抜けて拝殿裏へ出ると、そこは笹原のようになっている。竹と笹の詳しい違いというものを、一体何人が言えるだろう? 俺は言えない。いまだに竹の枝を笹と呼ぶのでは? と疑ってさえいる。

 持ってきた鞄の中から、折りたたみ式の鋸を取り出す。便利なもので、柄に刃がしまえるのである。

「何本ぐらいいる?」

「五、六本? わからん」

「まあ、多めにもらっておいて、余ったらどうにかすればいいか」

 適当なサイズの笹(竹かもしれないが)を切り出す。元々手入れのためか何本も切られた跡があるので、数本消えたところでバレることはないだろう。手際良く切り倒していき、八本ほどを頂いて、そそくさと神社を後にする。

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