表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
走り出したら  作者: 肉団子
2章
30/124

バカなこと

 俺たちは屋上に身を隠しながら周囲を警戒した。何分経ったか、緊張と興奮で体内時計が狂っていたが、案外のんびりと警備員はやって来た。体育館のあたりに懐中電灯の光が見える。

「警備の人か?」

 腹ばいに覗き込む高梨が、視線を逸らさずに訊ねてくる。俺は高梨の頭越しにその光を見つめる。

「たぶんな」

 すぐに懐中電灯は、一号館のほうへと移動してくる。校舎の陰に隠れ、しばらく不安な時間が流れた。周囲を確認すると、二号館に向けてほんの数メートルだけ突き出た空間があった。そこへ移動しながら頭の中に地図を広げる。おそらく最初に侵入した入口広間の直上だろう。

 角度をつけると、思った通り、校舎内が見えた。一階の廊下を事務室へと歩いていく。時折、光が左右に振られた。

「さっきの」

「え?」

「体育館にどこのセンサーが反応したかわかる何かがあるんじゃないか?」

 迷いなく進むのを見て、なんとなくそう思った。正しいことはちっともわからないし、わかる必要もない。俺たちは息を殺して、光の動きを追った。

 事務室前でしばし停止。

「……やばいんじゃないの」

「通っただけだぞ。バレやしない」

 こちらからバレるようなことをしない限りは。

 懐中電灯の光が消えた。俺たちが開けたままにした扉から、影が現れた。かろうじて人だと判別できるそれは、校舎の陰へと消えていった。

 二人して、ながい溜息をついた。どっと疲れたような気がする……。

 屋上に身を投げ出してみても、空は星がほとんどない。これがド田舎の高校であったなら、今は満天の星に抱かれているのだろう。自分のちっぽけさとか、やってることの無意味さを、意味もなく実感したりして。

 科学館に行きたいと、ずっと昔に考えていたことを思い出す。プラネタリウムを見たかった。普段勉強を蹴散らすように生きていた自分が、それを言い出すのがなんだか恥ずかしくて、結局行くことはなかった。

「高梨、とっととやって帰るぞ」

「おうよ」

 威勢良く返事して、高梨が立ち上がる。学校南側の街灯を頼りに正門前を探した。

「垂らしゃいいの?」

「どうする? 朝早めにきて、幕を下ろすって方法もあるけど」

「そうすると、どうなるの?」

「俺たちより先に来た先生たちが驚く……?」

「それじゃそっちで」

 俺たちは二手に別れて作業をする。屋上に残った俺は、垂れ幕を屋上に繋ぐ役だ。

 紙は巻物のように一本になっている。いや正確は太い一本と、細い一本である。作業がしやすいように両端にラップの芯が取り付けられている。俺はそこに紐を通し、屋上の縁の内側数十センチのところを這うパイプに、垂れ幕全体が壁面にかかるように長さを調節してくくりつけた。それから、紙筒の中心の芯には糸を通す。

 下を覗きこんで目をこらす。高梨だろう影が手を振っていた。狙いをつけて重りをつけた糸を垂らしていく。まだか? もう届いただろう? と不安になったころ、二度、糸を引く感触。

 念のため、パイプと紐をテープで貼り付けておき、少し離れてみる。二〇〇枚近い紙が一塊になっているおかげで、風が吹いても飛ぶことはない。こちらはまったくの偶然だけれど、ふたつのロールが噛み合うようにして、変に転がることもなかった。

 最後に各部を点検してから屋上を後にする。扉の鍵はきちんと閉め、間違ってもセンサーにひっからないように、西階段を使って外へ出た。



 創立記念日の朝、授業が始まるころには、あれはなんだったのだという話題をちょくちょくと耳にした。登校ラッシュが始まる前を見計らい、高梨と最後の作業を行なった。

 垂らしてあった糸を引き、垂れ幕を校舎に掲げた。玄関横にあった大きな鉢に植わった木にくくりつけて、風に煽られないようにして、俺たちはその場を離れた。

 休みがないせいで忘れられがちな創立記念日を生徒が思い出し、また記念日というのに休みがないことの理不尽さにも気がついたわけで、ついでにいえばちらりとよそのクラスも覗いたが、誰があんなバカなことをしたんだと笑ってくれていたので、おおむね成功と言える。

 頭を悩ませたのは教師陣である。自分たちが登校した時間にはなかったものが、たった数分の間に出現したのだから。それでもきっと、おおよその時間は絞られているだろうし、なんなら昨夜の警備員の件が伝わっていれば、どういうからくりかはすぐにわかる。

 昼休みに担任の武内と廊下でばったりでくわした。彼はすれ違った後、俺を呼び止めた。

「なんですか?」

 悪びれずに訊ねる。

「玄関のアレ、おまえか?」

「どうしてですか」

「この前の体育祭、高梨といろいろとやってたろ」

「あっ、顧問の件、ありがとうございました。帰宅部は一学期いっぱいで廃部になりますので」

「……まあいい。あんまり変なことはするなよ、受験生」

「はい。わかってます」

 ジャージにTシャツというラフな格好の背中じっと見送る。日焼けした腕は逞しい。

 受験生、というのは脅しだったのだろうか。中庭のウォータークーラーの水を飲んでいるとき、ふいに嫌な想像をした。将来なんて握りつぶしてやれるのだぞ、という。

「まさかな」

 怖くなって、わざと独り言をいう。口に出せば言葉と一緒に不安も出て行くような気がした。

「なにがまさかなの?」

 背後からの声に、俺は別の恐怖と、かすかな羞恥を覚えた。声の主は中原千佳だった。

 涼しげな目元と、ばっさりと切った髪、白い腕がブラウスからのぞき、風鈴めいて暑さを和らげてくれる。ボタンを外した胸元から鎖骨がみえる。

「あんた、水好きね」

「部活のとき浴びるほど飲んだからな」

 というより、実際に浴びたりもしていた。

 習い性というのかなんというのか、部活を離れて三年になるけれど、いまだにふとウォータークーラーの水が恋しくなるのである。ペットボトルの水より断然好きだった。

 なによりタダというのが嬉しい。

「あのバカみたいな垂れ幕、修ちゃんでしょ」

 武内とは違う、断定的な物言いだった。

「証拠はあるのか、証拠は」

「ないけど、どうせそうでしょ。で、言いだしっぺは高梨のアホ」

 警察よりミステリ作家にでもなったほうが良い、とお決まりの台詞を言おうとすると、それに先んじて声がした。

「正解」

 誠がポケットに手を突っこんで歩いてくる。傘を持ち歩かずにすむ、というものぐさな理由で、彼は学ランを脱いでもパーカーを着ている。

 ということで、見た感じは素行の悪い生徒なのだが、これで文句なしの学年一位なのだから何かがおかしい。

「あ、遠野」

「えー、中原だっけ?」

「そうだけど、なに。忘れてたの?」

「あれ? 二人って知り合い?」

 俺がなんとなく疑問を呈すると、二人が揃って「はぁ?」と俺に視線をくれる。

「一年のとき、全員一緒だったろ」

「だって二人が喋ってるのって見たことなかったし」

「そういえば、そうだな」

「ちゃんと喋るの、これがはじめて?」

 顔を見合わせる。

「それにしても中原、よくわかったな。高梨とこいつがやったって」

「付き合いながいからね」

「人生の長さとイコールだからな」

 と、俺が付け加えると、誠は「へえ」と二度肯いた。

「遠野こそ、どうして知ってるの?」

「三人で飯食ってるときに話してたからな」

「ダメでしょ修ちゃん。あんたと違って受験するんだから」

「俺だって受験するっての」

「訂正します。真面目に、受験するんだから」

「うん、それならいい」

「いやいや。よくないから。修ちゃん本当に勉強しなよ。あっ、遠野に教えてもらえば?」

 誠を横目で見る。彼も目玉の動きだけでこちらに視線をくれる。顔を歪めてみせると、あわせて表情が歪んでいく。

「誠に教わるなんて、なんかやだよ」

「修一に教えるのは、普通に嫌だな」

「……で、おまえら何の用なの」

「あ、俺は通りすがり」

 誠は一号館のほうへ歩いていく。「マジで困ったら、勉強教えてやるからな」

 できれば困る前に教えて欲しい、という本心はぐっとこらえる。

「それで、千佳は?」

「私は修ちゃんに用事……ってほどのこともないけど」

「なに?」

「大丈夫?」

「なにがだよ」

「ああいう、バカなことやってて」

「元々、俺ってこんな感じだったろ?」

 千佳は腕組みをして、視線を斜め上へ動かす。口をへの字にして、鼻から呆れたように息を出した。

「ま、あんたがいいなら、いいんだけど」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ