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走り出したら  作者: 肉団子
2章
29/124

誕生日おめでとう



 その日、ランニングがてらいつもの公園に足を運ぶと、内田がベンチに座っていた。フードをかぶり、怪しいことこの上ない。俺が近付いていくと、身体の向きをそれとなく変え、正面を見せない。

「よう。なんか、久しぶりだな」

「黒沢くん、来ませんでしたし」

「筋肉痛でな……」

 運動をするときよりも、その後の筋肉痛に運動不足を感じる。

 部活動をやっていた頃は、部活動以外で筋肉痛になることなんてなかったのに。いつかは症状が遅れて出て、年齢まで感じるのだろうか。

「それで、なんでそんななの」

「……今朝のこと」

「ああ、ゴキブリ?」

「なんか、あんまり女の子らしくなかったなって」

 内田でもそんなことを気にするんだ。

 そう思ったけれど、ぐっと飲み込んだ。

「そう? おまえ寝てたから知らないだろうけど、女子に崇められてたぞ」

「そういうのいりません」

 内田はほんのり赤くした顔で俺を見上げた。「眠たいのに教室うるさいし、あんなの見ちゃうし、気が立ったんです。だからこう、面倒くさいなって、思わず蹴っちゃって……」

 どうやら彼女は、ゴキブリ退治をしたことではなく、その方法に蹴りを選んだこと後悔しているようだった。

「まあ、朝っぱらからゴキブリ見たらな。俺だって嫌だもん」

「……あ、そうですね」

 曖昧に肯く。「それより黒沢くん、高梨くんと何してるの?」

「えっ」

「陸上部の後輩の子がね、一階のトイレでこそこそしてる二人を見た、って。あれ絶対盗撮ですよ、って」

「するかよ!」

「じゃあ何してたの?」

「……ナイショ」

 隠すほどのことでもないが、言うのはなぜか恥ずかしい。

 創立記念日に向けての下調べ、下準備を行なっていたわけである。トイレへは、校舎侵入ができるかどうかの確認に行っただけのことである。

 結果からいうと、トイレは望み薄だった。換気のためか常に窓が開いている。ということは、見回りで戸締り確認をされる可能性が高い。

 正面入口の鍵にガムを詰めるとか、玄関横の事務室から鍵を借りて合鍵を作ってくるとか、いろいろバカな話をしたが、だいたいは冗談でしかなかった。

 いくつかの候補を選び、鍵を開けて創立記念日まで様子を見ることになった。



 六月十九日日、午後九時過ぎ。学校近くのコンビニ前に自転車を停めた。

 学校の周囲をまわって、明かりの有無を確かめる。宿直というシステムはすでに死んでいるらしく、まったく人の気配はしない。

 学校北の西側は、大きな駐車場になっている。北側以外の三方が道路と面するので、人の目がない侵入経路といえば、ここをおいて他にない。

 一応、辺りに人がいないかだけは常に確認する。

 ただしこそこそしてもいけない。遠目にも怪しいと思われるからだ。悪いことをするときほど堂々と。これは小学校時代に見つけた法則である。

 高梨に注意を喚起すると、

「駄菓子屋のやつ?」

 と、けらけら笑う。思い返してみれば、高梨が俺にこういうアホな話を持ちかけてくるようになったのは、そのときからだ。

「あんまり大声出すなっての」

 一番奥まったところへ行く。ブロック塀の向こうは学校だ。

 最後にもう一度周囲を見た。誰もいないことをこの目で確認し、素早く壁に上る。

 高梨の鞄を受け取って、ブロック塀とネットの隙間に飛び降りる。

 暗闇で地面までの距離を測りそこねて転んでしまう。土と草の感触が手に伝わる。少し遅れて高梨も落ちてきた。

 闇の中に校舎のシルエットがぼんやりと浮かんでいる。近隣のビルやマンションの窓明かりが、まるでこちらを監視する目のように感じる。

 枝を避けてグラウンドへ出ると、そこは野球部のバックネット裏だ。ライト方向に体育館があり、センター方向がちょうど二号館と三号館の間あたり。狙うは右中間ってところだったけれど、体育館前に西門があった。目の前にレンタルビデオ店があるせいで、どうにも明るい。

「テニスコートのほうを回るぞ」

「おう」

 誰の目もないのに、少しでも見つかりにくいように身を屈めてしまう。レフト線をまっすぐに辿り、防球ネットに並行した並木沿いに歩いて校舎を目指す。三号館を通り過ぎ、二号館と一号館の間にある中庭へ。

 渡り廊下から続く、一号館の入口の脇で足を止めた。

「ここ?」

 高梨の質問に肯いて、俺は事前に下見をして考えていた通り、まず廊下の窓によじ登る。廊下自体が地面より一段高く、顔ほどの高さがあったが、窓枠は十分な余裕があり、なんなく登れた。

 そこから直角に繋がる渡り廊下の入口広間の壁に足をつけ、上部の窓に手を伸ばす。指を引っ掛けて動かそうとするが、抵抗があって動かない。

 まずいぞ。

 一瞬焦ったけれど、力をこめてみると窓はスライドした。おそらく長いこと使っていないせいで、何かが噛んでいたのだ。

 両手をサッシにかけ、壁をよじ登って校舎内に侵入した。

 落下の衝撃で、しんと静まり返った校舎に、不気味なほどに自分の足音が響いた。入口広間は掃除用具入れのロッカーと、本の束や段ボールなど、まとまった量のゴミ(現在は体育祭関連のものが多い)が一度保管されるほかは、卒業生の描いたものだろう大きな絵が飾れられているだけの空間だった。

 事前に四箇所の窓の鍵を開けてみていたが、ここ以外は翌日の朝には閉じられていた。逆にここだけは一度も閉じられることはなかった。位置が高いせいで掃除さえもろくにやっていないらしい。窓を閉めなおしておき、両手についた埃を息ではらう。

 廊下に出て中から窓を開けてやり、荷物のせいであまり動けない高梨を入れる。

 高梨の鞄の中には大量の紙が入っている。とはいえ、張り紙をして回るのではない。大量の紙をテープで張り合わせて、一枚の垂れ幕を作った。「学校さん、誕生日おめでとう。休日をあげて」と書いてある。これを一号館屋上から、正門に向けて垂らす計画だった。

 廊下を東に向けて歩く。保健室を過ぎ、調理実習室を過ぎ……その次はなんだっけか。

 校舎内は物音ひとつしない。校舎の真上を飛行機が飛ぶ関係か、ほとんどの窓は二重になっていて防音性に優れている。自分と高梨の息遣いが、いやにはっきりと聞こえる。

 風はまったくない。静止した空気に若干の粘性を感じるのは錯覚だろうか。

 非常通路を示す緑の光だけが、ぽつりぽつりと廊下に灯る。それ以外は窓の外のほうがずっと明るくて、窓枠の形の影が、反対側の壁にもできていた。昼夜が違うだけで学校の廊下は神秘的になる。

 なんとなくそれを眺めて歩いていると、突如視界がひらけたところで足を止めた。正面玄関である。ガラス戸の向こう側にはソテツの巨木が見えている。右手には事務室があって、左手にはガラスケースにトロフィーや盾が展示されている。その裏には一号館東階段。

 どうして足を止めたんだ?

 俺も、高梨も、不思議と動かない。いや、動けなかった。声も発せず、お互いの顔を見る。

 かすかに電子音が聞こえた。携帯電話の呼び出し音ではない。なんだ……?

 すぐそこに、事務室があった。事務室には校舎内ほとんどの鍵があるらしい。玄関入ってすぐの、事務室。

「やばい! センサーだ!」

 俺は思わず声を荒げた。剥がれかけた階段の床はほったらかしのくせに、こんなところはしっかりと警備会社に金を払ってやがった!

「えっ、え? じゃあ人くんの?」

「たぶん」

「やばいじゃねえか!」

「とりあえず逃げよう」

 俺は慌てて逃げ出そうと、階段前の中庭へ通じる扉の鍵を回して、押し開けて――

「いや、このまま上に行こう」

「なんで」

「いいから!」

 扉はそのままに、俺たちは階段を駆け上がった。何分で到着するかわからない。三階まで行くと、正面の扉から渡り廊下に出て、扉はきちんと閉めておく。

 渡り廊下の手摺に上り、そこからトイレ前の雨避けの庇によじ登る。そうすれば、簡単に屋上へ出られた。

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