棒倒し
『続きまして、三年男子、棒倒しです』
放送を合図に、ぞろぞろと四方八方から半裸姿の男が入場していき、自然と東西に分かれていく。偶数クラスが東、奇数クラスが西に陣取る。それぞれの陣地には、一本ずつの竹の棒が置かれているきりである。
およそ半数ずつを攻撃と防御に振り分け、防御チームは立てた棒の周囲に固まっている。良く晴れたおかげで土の水気は完全に抜けて、人の移動で砂埃が巻き起こり、風に流れていく。
英語の小倉先生が、朝礼台にのぼり左右を確認した。
「一回戦、用意」
パン――!
乾いた破裂音の余韻を踏み潰すように、双方の攻撃チームが吶喊する。互いに相手を右手に見ながらすれ違い、一挙に相手陣地へと雪崩れ込む。
防御側の最前線で待ち構える俺のところに、裸、裸、裸の群れが突っこんでくる。適当に一番威勢の良い奴の横っ腹に抱きついて動きを止める。
後はもう、成り行き任せだった。誰かにぶつかられたが、正体を見る前に次の肉体がぶつかってくる。掴んだ相手が俺を引き剥がそうと、全身をよじるようにするのを、必死に抑え込む。
そうして根競べをするうちに、二度の号砲。
相手の攻撃チームが歓声をあげながら自陣へと引き返していった。
まずは、一敗である。
相手陣地へ攻め入った味方の中から、高梨が小走りで近付いてきた。
「どうだった?」
時間がないので、短く確認する。
「団子団子」
「よし」
ひとつ肯いて、二回戦の準備にかかる。
まず敵から見えないように、竹の棒を人垣で隠す。棒持ちは二人。その周囲を一〇名ほど体格の良い者を選んで、外向きに円陣を組んだ。それぞれが両手で隣り合う相手を支えあう。足下を抜けられないように、さらには補強として、内側に同数配置し、外周を押さえさせる。
彼らの仕事は動かないことである。相手には棒に触れさせもしないことが役割である。
まったく無策に競技を行なうと、だいたいは団子になって揉みくちゃになっているうちに引き倒されるのである。
さらに数名を、相手の中で威勢の良い奴を潰すために置いておく。
「二回戦、用意」
スターターの合図で、残った全員が敵陣に突っこんでいく。俺はその先頭を走った。
もちろん数の不利で、やがては守備が崩れることは容易に想像できた。だから俺たちは速攻をしかける。
相手の守備をひきつけるため、数名が敵の側面や裏まで走りこんでいく。残った面々は、可能な限り横に広がらず、真っ直ぐ敵にぶつかる。相手陣地にたどり着いたら、一人につき一人で良い。相手にタックルをかまして、左右に押しのけていくこと。
立ちはだかる相手の顔など見ない。接近し、俺を抑えようと上げられた両手をくぐって姿勢を低くし、腰元に組み付いた。ぐらついた体を外側へと押し出す。後続が俺の穿った穴に飛び込んで、同じ方法でこじ開ける。
前後左右から人がぶつかってくる。誰かに足を踏まれるが、そんなことに構っていられない。こうして俺たちが虫歯のように削った穴から味方が棒に近付いて、飛び付ける距離まできたら後は掴んで引き倒すだけだ。
叫びと呻きと足音と、耳はまともな音を拾わない。背後の状況がまったくわからなかった。
乾いた音がふたつ、あらゆる音をかき消した。
背後には倒れた相手の棒。自陣を見る。きちんと屹立していた。
ぞろぞろと自陣に引き返す。作戦が上手くいったことを、周囲の奴らと喜び合う。小石でも踏んだか、一瞬爪先が痛んだ。
疲れた顔をした守備陣に出迎えられた。
さて――と、敵陣を見ると、ざわついている。慌ただしく人が動いていた。
「高梨、頼む」
「よしきた」
立てられた竹の棒に、高梨はするすると登っていく。天辺にたどり着くと、全体をぐるっと見て、右手を突き上げた。
「おまえらぁ――――っ! 勝ったぞぉ――――っ!」
「おお――――っ!」
野太い返事が、空気を震わせた。
「次も勝つぞぉ――――っ!」
「おお――――っ!」
「小倉ちゃんのバストサイズは――――っ!?」
「おお――?」
声が乱れた。「Oか?」「そこまでねえよな」と、懐疑の声。
これでもかという大音量で、笛が吹き鳴らされた。朝礼台で審判を務める、小倉女史である。
「高梨ィ! とっとと降りろっ!」
ほとんど飛び降りるように地上に戻った高梨は、俺のそばに寄ってくる。
「マジで真似してた」
「だろうな……。良かったな、目立てて」
高梨の肩を叩いて、周囲の連中と目配せをする。
さきほどと同じような布陣で合図を待つ。
審判は明らかにこちらを、というより高梨を睨みながらスターターピストルを構えた。
パン――という音と共に、双方から人の群れが飛び出す。足音が響いている。
その先頭がすれ違った瞬間、味方の大部分は方向を変えて相手の攻撃チームに飛びかかる。中盤の何もない場所で足止めをする。
二〇人ほどで相手陣地に攻め込む。数名が遊撃隊を抑え、残った人間で相手を取り囲み、押し合いをする。これが思ったよりビクともしなくて驚いた。
俺は仲間の背中に隠れるように、その場に屈んで振り返る。
ぽつんと高梨が立っている。
俺が合図を送ると、高梨は手をふって返事をし、一直線に走ってくる。ギリギリまで高梨を見ながらタイミングを合わせる。
高梨から目を切って、地面を見る。
まだ――まだだ。
澄ました耳に足音が届く。一瞬だけ力をぬいて、ぐっと歯を食いしばる。
直後、肩に衝撃が走った。
両脚に力をこめて、身体を持ち上げる。俺を発射台に、高梨は高く、遠くへ飛んで行く。
空中で姿勢を崩しながら、高梨は相手の棒へと弾丸のように突っこむ。抵抗を見せた棒は、けれどもそのまま向こうへと倒れていく。
高梨が着地して数秒、ようやく思い出したように二発の号砲が鳴らされた。周囲から歓声が沸き起こる。
押さえきれない興奮を爆発させ、高梨は拳を天に突き上げながら自陣へと走っていく。味方たちは彼を追いかけた。その後を俺はひょこひょこととついて行く。
すれ違う敵の表情は、ほとんどが何が起きたから理解していないふうだった。
その中に一等悔しそうな顔をした誠を見つけた。
「全部か?」
「おまえが何でもできる天才じゃなくって助かったよ」
口元に笑みを浮かべながら舌打ちをしてすれ違う。
勝敗と、双方の獲得点数が発表され、その場で解散、退場となる。入場と同じで、それぞれがバラバラに散っていく。
俺は入退場門から外に出る。下級生の一団が整列している。次は何の競技だったろう。プログラムが思い出せない。俺の出番まで、どれくらいあるだろうか。爪先が痛い。
グラウンドを離れ、一号館に入る。大きな磨りガラスのドアを閉めると喧騒は、眠りから醒めた途端に薄れていく夢のように遠ざかった。
薄暗い一号館はひんやりとしていた。ぺたぺたと素足で踏む廊下は、冷たくて心地良い。
保健室のドアをノックする。返事はない。出ているんだろうか。ドアノブに手をかけると、なんの抵抗もなく開いた。
室内は電気がついておらず、サボりの生徒さえいない。
入口のすぐ隣に洗面台があった。ちょうど良いやと、そこに右足を乗せて洗う。水は足に当たって、茶色く濁って流れていく。
「失礼しま――うわっ、あんたなにやってんの」
と、千佳の首だけが保健室に現れた。




