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走り出したら  作者: 肉団子
1章
22/124

足首をやっちまう予定



 白一位、すこし離れて黒が二位。間があって残り六チームという状態で、午前の部を終えた。俺と眞鍋の人望の差が、得点の差なのではないかと嫌な想像をしてしまう。

 人目につかない会合場所として高梨が用意したのは、生徒会室だった。

 廊下の隅にあり、用もなく寄り付くような場所ではないので、たしかに内緒話をするにはちょうど良い。廊下の暗さとは反対に、南向きの窓から光が入り、生徒会室はそこそこ明るい。ロッカーや冷蔵庫、作業台などが壁を覆い、部屋は一回り小さくなっていて、真中に置かれた長机のおかげで、部屋はすれ違うのもやっとの通路のようである。

 それぞれにパイプ椅子を引っぱり出して座る。

「棒倒しに勝つ方法があるんだって?」

 よそのクラスの男が面白がって訊ねてくる。

「上手くやれば、一勝は確実にもぎ取れる」

 棒倒しは二本先取制の三回戦だ。回が進むにつれ一〇、三〇、五〇と得点があがり、制限時間の二分を越えた場合は引き分けで得点は半分ずつとなる。

 まどろっこしいのは面倒なので、俺は生徒会室に置いてあったホワイトボードを借りて丸と点で簡単に図解しながら説明した。

「なるほど、たしかに上手くやりゃ勝てるだろうな」

 と、短距離で俺と争っていた、野球部だろう坊主頭が言う。「でも向こうには遠野がいる」

 俺もそれが気がかりだった。理由もなく俺のように、事前の策を講じるような面倒はしないだろう。それでも黙って二連敗してくれるほど大人しい奴でもない。

 作戦は簡潔であるが故に瞭然なのである。一目で真似をすることは容易い。二回戦、あるいは三回戦が始まるまでに、誰かが遠野にどうすれば良いか訊ねれば、あいつは確実に同じ手を使ってくるだろう。

 少なくとも、そうずれば互角の勝負になる。後半を引き分ければ、大きな痛手にはならない。

「遠野がこれを攻略したらどうするんだ?」

「それはない」

 あがった質問に、俺は自信を持って答える。「あいつはおまえらが思ってるより頭は良くない」

 しかしそれでは意味がない。

 気分を変えようと、窓辺に寄る。車の走行音に混じって飛行機の音がした。見上げた瞬間、ビルの上から太陽を背負った飛行機が現れた。エンジンの響きを落として、あっという間に去っていく。

 もやもやしていた気持ちが、ひとつに固まる。どうせやるなら徹底的に、だ。

「なあ高梨」

 俺はその場で後ろを振り返る。

「なに」

「ちょっと頼まれて欲しいことがあるんだけど」

「それは目立てる?」

「たぶん、とびきり」

「よし、やろう」

 内容を聞く前に、高梨は肯いた。



「バカなことしてんなあ、おまえら」

 会議を終え、教室に着替えを取りに行った俺に、鈴やんが声をかけてきた。

「お祭りだからな。踊る阿呆になってみるのも、悪くはない」

「俺は面倒だな、そういうの。ああ、ところでな」

「うん?」

 鈴やんは言葉を探すように、視線をさまよわせる。鼻の下をかいて、恥ずかしそうに咳払い。俺とはいっさい目を合わせようとしない。

「棒倒しの話、聞いたよ。またアホなこと考えたな」

「でも良い手だろ?」

「そうだな。それでな、俺、ちょっと足首をやっちまう予定なんだけど」

「あ?」

「目立つの苦手だからサボろうと思ってな。で、そのなんて言うかな、代役、頼まれてくれないか」

「代役?」

「団対抗リレー。棒倒しの後だから」

「……いいの?」

「ケガだもん。しょうがねえだろ」

 言うだけ言うと、鈴やんはさっさとその場から逃げていく。照れくさそうな背中に頭を下げた。

 勝負できる可能性が、まったく予想外に生まれた。

 なんだかじっとしていられなくて、俺は教室を出て、グラウンド隅のテニスコートに行って、腹ごなしの運動をする。

 軽いランニングと、柔軟体操。スタンディングでのスタートダッシュを確認し、軽く流す。いつの間にか応援パフォーマンスが始まっていたけれど、そんなものはどうでも良かった。

 太陽が高く昇り肌を焦がす。動くほどに身体が軽くなっていく感覚。

 適当に切り上げて更衣室に行くと、パフォーマンスを終えた高梨も着替えをしているところだった。

「なんでおまえが汗だくなの?」

 高梨は心底不思議そうに言った。

「ちょっとな」

 誤魔化してさっさと学ランに着替えた。

 先に出て入場門前で待っていると、高梨が自転車を持ってやってきた。

 台本の最終確認をするうちに放送が入る。

『クラブ対抗リレー、選手入場です』

 野球部やサッカー部や陸上部、剣道部、水泳部、柔道部、バレー部にまじって、制服の集団が現れて、会場がざわつく。クラブ対抗リレーは運動部と文化部で分けられているからだ。

『先月、申請がありました、帰宅部だそうです。正確には帰宅同好会です』

 部員は俺と高梨を含め、全員がクラスメイトである。顧問も担任に名前だけ借りた。

 クラブ対抗リレーは、基本的に勝ち負けではない。各クラブの宣伝を兼ねて、いかに観客を楽しませるかが目的である。陸上部以外はバトンを使わず、それぞれの部活で使っている道具がバトン代わりになる。

「位置について」

 教師の合図で、先頭走者が横一列になる。代表四人による、一周ずつの競争だ。俺は自転車にまたがって、片足をペダルに乗せる。

「用意」

 号砲と同時に動き出すが、さすがにスタートダッシュでは出遅れる。

 しかし性能が違うのだ。すぐに巻き返してスイスイ追い抜いていく。

『速い! 一気に先頭に出ます帰宅部。さすがの陸上部も自転車には及ばないか! 各クラブ順調な滑り出し。柔道部は受身で進んでいます!』

 チリンチリンとベルを鳴らしながら、余裕綽々に一位でバトン、というか自転車を繋ぐ。第二走者は信楽君だ。すこし手前で降りて、無人の自転車を送ってやると、信楽君の悲鳴と周囲の笑いが聞こえた。

『続いて陸上部もバトンパス。おっと、先頭走者、まだ走ります』

 陸上部の先頭走者は眞鍋だった。たぶんあれは最後まで走らされるのだろう。かわいそうに。サッカー部はドリブルやリフティングをしながら、野球部はバントをしながら少しずつ進み、水泳部は小走りに手だけで泳いでいた。それぞれがそれぞれのユニフォームに身を包むせいで、一見しただけで笑えてくる絵図である。

 グラウンドを横断し、ゴールラインの反対側へ行く。トラックを挟んだ観客席にいる誠に頼んでいたものを投げてもらう。落とさないように丁寧に受け止める。食堂で販売されているソフトクリームだ。

『帰宅部、二人乗りです。第三走者を乗せて二人乗りでトラックを回ります。マナーが悪い!』

 自転車は悠然とトラックを走って、アンカーの高梨に渡る。第二コーナーを回って近付くところで、声をあげる。

「アイスー! アイスいかァーすかー! 冷たいィーアイスゥー」

 高梨が俺の目の前で自転車を止め、ポケットから百円玉を出す。それと引き換えにアイスを渡す。

『おおっと、帰宅部、急に止まった。ああっ! 買い食い、買い食いです! 堂々と買い食いをしています! ストイックとは無縁の世界だ!』

 高梨はアイスを食いながら一位でゴールした。チームメイトのところへ駆け寄り、オーバーに喜びを分かちあう。肩を組んで奇声を発しながら、ぐるぐると回る。

『陸上部第一走者、今、最後にゴールイン。えー、順位発表の前に先がけまして、一着の帰宅部ですが、校内では自転車に乗ってはならず、押して歩くという校則を違反したとして、失格処分といたします』

 俺たちは喜んでいた勢いそのままに、全員でその場に崩れ落ちた。笑いと、何に対してかはわからない拍手が降りそそぐ。

 もちろん、ここまでが台本通りである。

「なぁ」

 と、高梨がささやいた。「これでいいの?」

「目立ちたいんだろ? 盛り上がったんだから、これでいいんだよ」

 そのまま微動だにせず、合図を待ってから静々と退場する。

 制服から体操服に着替え直し、自分たちのテントに帰る。バカなことをやったなというからかいを受け流しながら時間を潰す。

 午後の部は順調に進んでいく。競技の進行を見ながら、靴を脱ぎ、靴下をその仲に入れ、体操服の上を脱ぐ。

 その頃には、グラウンドのあちこちにハーフパンツ一丁の男が溢れかえっていた。

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