新聞部
廊下の掲示板に壁新聞が貼りだされていた。
それによると、一昨日の放課後、食堂前にて男子生徒二人が今にも殴りあいそうな雰囲気で睨み合っていたという。新聞部の取材で、当事者の一人Mが同じ部活のUに告白し玉砕したという情報があがっており、またそのUとクラスメイトのKが、新学年になってから急接近していることがわかっている。
そういう事実を伝えつつ、言葉巧みにUという女生徒が男子二人を手玉にとって遊んでいるかのように誘導している。ご丁寧にMとKが睨みあう写真まで載っている。目線こそあるが、このKというのはどう見ても黒沢修一だ。
「で? どこまでが事実なの」
職員室から戻ってきた高梨がのんきな調子で訊いてくる。完全に他人事だ。
「申請は?」
「とりあえず通った。明日の抽選のときに審議って形だけど、まあ本当、形だけだから」
「よろしく頼む」
「しっかし、すげえな。よくこういうこと思いつくよな」
「俺はおまえのほうがすごいと思うけどな」
嫌だ嫌だと言っていたのに、結局高梨の思い通りに事が運んでいる気がする。昔からそうだったが、なんだかんだとこいつの口車に乗せられてきた。人を使う方法を、まったく意識せずに心得ている。たぶん、これも一種の才能だろう。
何を褒められたかわからないのだろう、黒目を上に向けて首を捻っている。この絶妙なアホっぽさが、手を貸さねばならないという、こちらの責任感を煽るのかもしれない。
「それで、新聞部ってどこ?」
「暗室」
「なにそれ」
二年とすこし通った高校に、そんな施設があることを俺は初めて知った。
一号館の片隅、廊下の一番端に、他とは違って鉄製の扉があった。上部にはたしかに「暗室」のプレート。
「元は写真部だったんだと。それが廃部だなんだってなったときに、新聞部の立ち上げとかぶって、写真新聞部として活動してたのが、いつの間にか新聞部に……ってことらしい」
「そんな沿革は知らんけど」
ゴンゴン、と高梨がノックすると、中から扉が開かれた。
まず一見して窓がないことに気がついた。蛍光灯もあるのに、なぜか裸電球をぶら下げ、その灯りだけが室内を飴色に照らしている。縦長の部屋の中央には、教室にあるような机が置かれており、その上に麻雀マットを敷いて、周囲を囲むように、三人が椅子に座ってこちらを向いている。三麻らしい。
暗室はひんやりとしていた。学校の冷房は一括管理されているが、この部屋には家庭用エアコンが後付けされているようだ。
部屋の奥に、またひとつ扉がある。あちらが暗室そのものだろうか。
「よう副会長。それで何用?」
一番奥の男が言う。不健康に痩せて見えるが、それが妙に様になっている。例えていうならば、コンビニに貼ってある指名手配のビラの、白黒写真に残る赤軍メンバーという印象だ。
同学年に違いはないが、はて、名前が出てこない。
「いや、オレじゃなくってこいつがな」
高梨が俺を指さすと、男はにやりと笑った。
「壁新聞の記事さ、どうにかならないか?」
「どうにか?」
「ちょっと悪意があるっていうか、事実と違うっていうか、ほとんど脚色だろう」
「詳しいな……ひょっとしてKさん?」
男はとぼける。「だったら本人の口から話を聞きたいな。事実ってやつをさ」
俺はできるかぎりプライバシーに触れないように、そして情けなくないように事のあらましを説明した。陸上部の問題など知らないし、内田にはコーチをしただけの関係だということ。眞鍋とは多少因縁があるが遠足でのトラブルだけであるということにした。
一通り聞き終えた男は、うーんと腕組みをする。「どう?」と、部員に短く問う。
「普通っすね」
「だよなあ。たとえ今のが真実だったとして、それを記事にしてやる義理はないね。第一読者は喜ばん」
話させておいて、なんという態度だろう。しかし不思議と怒りは湧いてこない。
彼がわざと、そういうキャラクターを演じているのがわかるからだ。演技がかっている。
「あのな、そのせいで困る奴だっているんだぞ」
「それは悪いと思うがなあ、こっちだって困ってんだよね。会長のせいでよぉ……」
「会長?」
「ああ、生徒会長」と、高梨が補足する。
川上生徒会長は、内申目的ではなく生徒会長に立候補する変わり者だ。簡単にいえば頭が固くて困る女なのである。
先ごろ会長のメスが全部活動に入った。更衣室の使い方が汚い、という苦情からだったというそれは、文化部も巻き込まれ、二年近ちかくも新聞を発行していない新聞部にも当然及んだ。
腕まくりをした会長が乗り込んだ部室で、新聞部はいつものように賭け麻雀を楽しんでいた。会長は怒り心頭、報告をあげた。
校則によれば、部活動の廃止には部長からの申請か、部員がいなくなって二年が必要であるが、それはあくまで「原則」である。生徒として相応しくない行為があったのだから、例外であるというのが会長の主張だった。
が、新聞部はその不真面目さが幸いし、金のやりとりをした証拠などどこにも残してはいなかった。部室を私用し、遊んでいた事実だけを素直に認めた。
教師としても喫煙や飲酒ならともかく、麻雀ぐらいで廃部だと騒ぐのはいきすぎではないかと渋り、妥協案として新聞部がきちんと活動すれば見逃すということになった。
というのが、彼らの事情であるらしい。
校長のヅラ疑惑を暴こうとしたが、むしろ廃部にされるということで廃案。中間試験のヤマを公開しようとしたが、一人も成績優秀者がおらず、遠野誠に助言を乞うたらしい。
「そしたらあいつ、なんて言ったと思う? 『全部覚えればいいだろ』だってよ! けっ、天才かよ! それができりゃ苦労しねえっての」
「で、困ってたところに、俺と眞鍋のことがあったと」
「だから悪いが、記事の撤回はできんね」
「実績っていうなら、もう出したんだからいいだろ」
「ホラ吹きで終わると会長に文句言われかねんから」
「……さっきの言い方からして、読む奴が楽しめる修正なら受け入れるんだな?」
「まあな。それだったら良い」
一日考えていたことがある。それで大丈夫なのか、上手くいくのか頭の中でシミュレーションしながら質問する。
「俺、あんまり噂とか強くないんだけど、眞鍋ってどういう評価?」
「ま、一言でいうならモテ男だな。家が金持ちで、細マッチョで、首から上も悪くはないしな。部長やってるくらいだから、先生からの信頼だってある」
「まあ、柳みたいな部長もいるけどな」
高梨の軽口で、部室は笑いに包まれた。柳というのか、こいつ。
「じゃあ内田は?」
「あれは……人気者だな。男女問わず。まずあの胸だろ? そんで運動大好きだからな。今年は見ねえけど、昼休みなんかにバスケとかサッカーを、男子に混じってやってるのをよく見た」
「そういうの、女子には嫌われるんじゃないの」
「おまえ、アレと仲良いならわかるだろ? なんと言うか色気より食い気って感じで、まあ身長もあるんだろうけど、子供っぽいっていうかね。敵には見られない」
「ああ、なるほど」
どうせ安牌であるならば、下手に嫌われるよりは仲良くして目当ての男子に近付く手がかりにでもしたほうが、よほど賢い選択だろう。
自分の、同級生からの評価など聞きたくなかった。だいたいは想像がつく。どう見られているかは、常に意識の隅にあるのだから。
「それがどったよ」
柳が口元を上げて言う。
「……当事者の俺が、証言をしてやろう。おまえらは堂々と、俺から聞いた真実を記事にしてくれればいい」




