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走り出したら  作者: 肉団子
5章
108/124

おごってください



 出されたパフェは高さが三十センチほどもある。半年ほど前に、深夜番組で紹介していた店だったが、内装がちょっとファンシーな上、ほとんどが女性客なので入りづらかったのである。

「げ……黒沢、それ食べきれるの?」

「もちろん。俺、甘いの好きだから」

 言いながら、スプーンで上から削っていく。チョコプリンが乗っている。

 ギャル美は信じられないというふうに顔を歪めてコーヒーを飲む。取っ手をちょんと摘むふうで、反対側の指先をそっとカップに添えているだけで、ずいぶんと可愛らしい仕草に見える。ほとんど鷲掴みにして茶でもすするように飲んだ武内先生とはえらい違いだ。

 スプーンがチョコクリームの山をかき分けるごとに、ギャル美の眉間に刻まれた皺は深くなっていく。

「ギャル美って甘いの苦手?」

「苦手ってほどではないけど、その量はありえない。舌と体重が死ぬよ」

「あー、女子って体重気にするもんな」

「男子はしないわけ?」

 二杯目のコーヒーをちびりと飲む。なぜか声には責めるような鋭さがあった。

「あんまり。ま、人によるだろうけど」

 半分ほどまでは順調に食べ進み、だんだんと口の中が痺れたようになり、最後には根性で流し込んだ。ギャル美には「だから言ったのに」と、呆れられた。

 カフェを出るとギャル美が、ゲームセンターに寄りたいと言い出した。こちらとしては帰らない理由ができるので断る理由もない。

 商店街を引き返して、途中にあった大きなゲームセンターに入る。うわんうわんと混ざり合った騒音の波が襲い掛かる。自然、声が大きくなった。

「で、何やりたいの? レースゲームなら自信あるぞ」

「それも良いけど……」

 と、ギャル美はきょろきょろしながら奥へと進む。UFOキャッチャーの並ぶ区画へと寄っていった。

「これ」

「え、これ?」

「うん。友達とゲーセン来ると、プリクラばっかだから。なんかこう、UFOキャッチャーは子供っぽいって空気があってね」

「ああ、なんかあるなあ、そういうの」

 中学に上がると、バッティングセンターでストラックアウトをするのはガキだという風潮ができてしまい、横目に見ていたことを思い出す。

「何が欲しいの?」

「欲しいっていうか、やりたいっていうのが大きいけど……」

 ウィンドウショッピングでもするような足取りで、ギャル美は景品を吟味する。きっちりと全部を見てから、

「これかな」

 と、間抜けそうな犬のぬいぐるみを指差した。二〇〇円を投入し、真剣な顔つきでガラスを覗き込む。横縦のボタン操作できっちりと挟むが、アームをすり抜けて持ち上がらない。

「たぶんそれ、落とすタイプでしょ」

 ぬいぐるみは、一番重量のありそうな頭が、取り出し口の穴にかかっている。

「なにそれ」

 悔しそうに顔をしかめて、ギャル美が俺を睨む。アームが弱いのは店のせいなのに。

 五〇〇円を投入して、残回数が三と表示されたのを確認する。アームの開き具合を考えて、早めに横移動をやめる。そして奥行きを合わせて手を離す。

「こうやって、アームで落とすんだよ」

「でも落ちてないよ」

「だから二回、三回ってやって、引きずり落とすんだ」

 もちろん運が良ければ一度で済むが、そんなことはめったにない。「山積みになってるのなら、適当に突っこめば転がり落ちてくれるけど」

 と、隣のUFOキャッチャーを顎で示す。そうする間にも二回目のプレイで、ぬいぐるみはほとんど落ちかかる。

「ほれ」

 ギャル美に最後の一回を任せると、彼女はしっかりと最後のひと押しをして景品を獲得する。

 ギャル美は複雑そうな表情で、犬のぬいぐるみを取り出す。

「なんかこれ、UFOキャッチャーじゃない……キャッチしてない」

「まあ、それはもうね」

「……でも、ありがとう」

「みんながUFOキャッチャーやめた理由、わかるだろう?」

「なんとなく」

 ついでとばかりに、ギャル美は丸いヒヨコのようなキャラクターが山積みされたUFOキャッチャーにもチャレンジし、雪崩れたヒヨコが二羽、穴に落ちた。

「やっぱこれ、なんか違う……」

「釈然としない気持ち、わからんでもないけどな」

 ギャル美はヒヨコを見比べて、青いほうを俺に差し出してきた。

「お礼。あげる」

「おお、ありがとう」

 ボールチェーンつきである。まさか通学鞄につける勇気は無い。

 ゲームセンターを後にして「私も大人になったのかしらねえ」と、頬に手を当てて呟くギャル美であった。

 ギャル美は学校近くの駅だと言うし、俺もその方向に自転車をとめてあるので、二人で引き返すことになった。

「俺だって、ちゃんと掴んで景品取ったのなんて、小学校のときに一回きりだよ」

「え? あるんだ」

 意外そうに驚いたギャル美を見て、ひょっとすると彼女は人生で一度もUFOキャッチャーで成功したことがなかったのではないかと疑う。だから今さらやりたかったのだ。

「千佳……えっと、同級生に中原っているんだけど」

「ああ、中原? 運動できる子よね」

「わりと。俺あいつと同じ小学校だったんだけど、あいつと一緒にやっちゃったんだけど。運が良かったのか、良心的な店だったのかは知らないけど」

「いいなあ……。私はやっぱり、納得できないなあ」

 恨めしそうに背後を振り返る。

 彼女の視線を追って振り向くと、俺の目に少女の姿が入った。首を隠すくらいの髪の、四歳ほどの少女。右を見左を見して、戸惑いがちに歩いている。

「悪い、ちょっと」

 言い残して子供を追う。周囲に親らしき大人の姿はない。

「お嬢ちゃん、おじょーちゃん」

 肩を叩いて声をかける。屈んで目線を合わせ、にっこりと笑ってみせた。

 少女は不安げに表情を硬くし、本能的になのか両手を折り曲げて身体を守るような仕草をする。

 大袈裟に表情をつくりながら、

「お母さんは一緒じゃないの? 迷子?」

 女の子はまだ、何もわかっていないような顔をしている。じっと値踏みでもするように、俺のことを見つめてくる。

「あー、なんだ、一人かい?」

 返事をくれない。困り果て、手慰みに親指が取れるというマジックを見せると、目を真ん丸くして俺の両手を握った。

「ちぎれた!」

「千切れてない千切れてない」

「その子、なに?」

 背後からギャル美の声がした。少女がちいさな声で「ガイジンさんだぁ」と言うのが面白い。

「たぶん、迷子。お嬢ちゃん、名前は?」

「もういっかい! やって!」

「ああ、うん」

 親指を取りながら、再度訊ねる。「お兄ちゃんは修一って言うんだけど、君は?」

「お兄ちゃんって」

 鼻で笑うギャル美を一睨みする。彼女も俺の隣に屈んで、

「私は留美っていうの」

「しーちゃん」

 そう名乗った、というよりも、俺の手に夢中で口を滑らせた少女は、力いっぱい親指を引き抜こうとする。

「そうか。しーちゃんのお母さんは?」

「いないの。またまいごになったのねえ」

 と、おそらくは母親の口ぶりを真似した。ギャル美と顔を見合わせて、おかしくなって吹き出してしまう。

「どうする?」

「えっ、どうするって、考えてなかったの?」

「正直に申し上げますと、そうなります。ま、親探しながら、交番にでも行くか」

 手に爪を立て始めたしーちゃんに向き直る。

「一緒にお母さん探そっか?」

 こくりと肯いた少女を肩車し、家の方角だと指差した方向へと歩いていく。どこで母親とはぐれたのかと訊ねても、あやふやな答えしかなかった以上、自宅方面へ向かうほうが早かろう。

 家にまでたどり着ければそれでよし。家をちゃんと覚えていなければ、近くの交番を探せば良い。

 ギャル美と二人「しーちゃんのおかあさーん」と呼びかけながら歩いていると、商店街の出口が見えてきた。どこかの店にでも入っていたのだろうかと、背後が気がかりになり始めると、唐突に髪の毛を引っ張られた。

「痛いっ! しーちゃん痛い! やめて、ハゲる!」

「んっ」

 と、彼女は指を差しているらしい。母親が見つかったのかと期待してそちらを見れば、民家の軒先を改造したような、というより窓をそのまま窓口に使った、小さな店があった。色とりどりのアイスクリームの写真が展示されている。アイス屋らしい。

「アイス?」

「アイス」

 単語では何も伝わらない。無視して通り過ぎようとすると、

「んー!」

 不機嫌そうに髪を思いっきり引っ張られる。その様子を見て、ギャル美は笑うばかりである。助けてあげようという気はないのだろうか。

「アイス食べたいの?」

「アイスたべる」

「……誰が買うの?」

「ん……」

 しーちゃんは答えに窮して黙りこくった。

「アイス食べたいです」

「たべたいです」

「おごってください」

「ください」

「しょうがないな、一個だけだぞー」

 しーちゃんを地面におろして店の前に立つと、バニラソフトクリームを指差す。

「すみません、バニラのソフトクリームください」

「はいよぅ」

 奥から思いがけず年を食った男の声がして、現れたのはやはり、アイスの似合わない中年男だった。慣れた手つきでとぐろを巻くと、

「三〇〇円ね」

 アイスをしーちゃんに渡して、財布からお金を出していると、おじさんが身体を乗り出して素っ頓狂な声をあげた。

「あれぇ、田村さんとこのじゃないの」

「この子のこと知ってるんですか?」

 代金を支払って訊ねる。

「よくママと買いに来てくれるねぇ。ママはどうした?」

 しーちゃんはアイスを舐めながら、首を横に振る。

「あら、また迷子か」

「よく迷ってるんですか?」

「んまあ、うろちょろするみたい。奥さんが紐つけようかしらって真剣に言ってたもの」

「その田村さん? っていうの、お知り合いですか? もし迷惑でなかったら――」

「あいや、いま立て込んどって忙しいの。君ら高校生? 田村さんちはほれ、商店街抜けて、左に曲がって最初の信号の正面に見える大きいマンションだから。届けてやってくんない? 奥さん通ったら、伝えとくから」

「あ、はい」

 捲くし立てる勢いに負けて、つい肯いてしまった。

 しかし家の場所が分かっただけでも収穫である。マンションならば管理人にでも引き渡せば何とかなるだろう。

 さすがにソフトクリームを持ったまま肩車をしてやる勇気はなくて、片手はギャル美と繋いで歩いてもらう。

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