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走り出したら  作者: 肉団子
5章
103/124

激しく似合わない

 内田麻衣は約束の時間ちょうどにやって来た。ジーンズの裾を折っているのは、成長する予定だったからだと本人から聞いたことを思い出し、中原千佳は咄嗟に挨拶の笑顔で誤魔化した。

「おはよう」

 中原に気付いた内田は半目を開く努力もせず、小さく手を上げて答えた。

「もうお昼前だけどね」

「ギリギリ午前だよ」

「千佳ちゃんは朝早いね。休日なのに」

 くあ、と猫みたいに可愛く欠伸をする。修ちゃんの奴が好きそうな仕草だな、と中原は思う。

「あー……まあね」

 一瞬言いためらって、「誠が今日、センターだから。駅まで見送ってあげたわけ」

「はあ……おアツいことで……」

 寝言のような返事。空振りかと、中原は悔しくなる。もう少し目が覚めていたら、ちょっとは良い反応だったろう。移動しながら、目覚ましのつもりで今朝のことを内田に話した。

 遠野家のマンション前まで迎えに行き、なんでもない話をしながら、朝靄が漂う街を歩いた。朝陽が路面を金色に染め抜いて、じわじわと溶かしていく冬の朝が、中原は好きだった。これを味わうためなら、毎年受験をしても良い。

 終始恥ずかしそうに「別に良かったのに」と言い続ける遠野だったが、しかし三年も一人で受験に挑もうとしてきた彼を、気持ちだけでも支えてあげられるのは自分だけだと信じていた。

「はい、これ」

 改札口で渡そうと決めていた合格祈願のお守りを差し出すと、遠野はまったく予期していなかったようで、すっかり固まってしまった。

「誠に必要なくても、私には必要だから。持ってて」

「ありがとう」

 ようやく言えたというふうに、しっかりとした口振りだった。

 少し寒くなった帰り道の途中、黒沢も一緒に受けるのだということを思い出し、いきおいで内田に連絡をしたという次第である。

「はあ……おアツいことで……」

 肝心の内田は部活に顔を出さないらしく今朝は寝過ごしていた。今度はいささか茶化す感じに、同じ言葉を口にした。

 軽く昼食をとって、ウィンドウショッピングを楽しんだ。ファッションビルを制覇して、書店を回り、無作為に歩き続けた。

 こうなると内田の健脚ぶりを思い知らされる。中原も体力には自信があったが、無意識のうちに休憩場所を探し始めていた。

「あっ、クレープ食べない?」

 しばらく行った場所に、小ぢんまりとしたクレープ屋があることを思い出した。内田はお腹をさすりながら空を見上げ、考える仕草をする。

「うん、食べる」

 商店街を脇道にそれた路地にその店はある。一見するとクレープなど売っていなさそうな素っ気無い作りだ。店主もどちらかと言えば、たこ焼きでも焼いているのがお似合いのおじさんである。

 注文を受けると営業スマイルも作らずに「はいよ」と答えて、機械的にクレープを作り始める。鉄板の上に生地ほんの少し垂らして、実に器用に薄い円形に広げる。

 中原はふと、この店はお好み焼き屋だったのではないかと疑った。そうだとすると店の外観との釣り合いが取れるという物だ。

 そうして一人妄想しているうちに、バナナやイチゴ、クリーム、チョコをかけて、手早く包んで差し出された。

「七五〇円ね」

 それぞれに代金を支払って、店の前に置かれたベンチに並んで座る。

「私ねえ、クレープっておかしいと思う」

 まだあたたかいクレープを両手でつまみ、ぼんやりと手元を見つめながら内田が言う。

「何が?」

「値段設定」

「えー……」

「材料、全部ちょびっとでしょう? いくらなんだろう」

「あれだけちょっとの生地をこう、薄く均一に伸ばす技術費……的な?」

 どうして自分がクレープ屋の肩を持つのだろうと思いながら中原は答える。

「技術費かあ……あっ」

 と呟くなり、内田はやけ食いのようにクレープを齧り出した。

「どしたの」

「……小学校のときの遠野みたいなこと言っちゃったなって」

「誠みたい?」

「わたあめってあるでしょ。あれが五百円するのはおかしくないかって、屋台のおじさんに言ってたの」

「うわー……嫌な子供」

「でしょう?」

 ころころと笑う。中原もなんだかおかしくなる。

 内田は口で言うほど、遠野のことを嫌ってはいないだろう。それなのに何故だかつっけんどんな態度を取る。好きの裏返しというわけでもなさそうだし、いよいよわからなくなる。直接訊ねてみたところで「腐れ縁ってそんなものでしょ」と言われてしまう。

 そうして会話を続けながら頭の一部分で黒沢のことを考えていると、

「黒沢くんがね」

 と、内田が言ってどきりとする。

「このまえ、スカイビルに誘ってくれたんだけど――」

「このまえ?」

 中原はひっかかる。半ば以上は記念受験だろうけれど、それでもセンター試験直前だ。考えるとすぐに日付に思い至った。

「誕生日?」

 ほんのり顔を赤らめて、小さく小さく肯いた。

「……黒沢くんに教えた?」

「どうだろ。たぶん、話したことない」

「そう」

「しかしあいつがねえ……」

「それでね?」

 授業参観で子供の成長に驚く母親の気持ちでいると、内田が「続けていい?」という感じに、強い口調で言った。

「ああ、ごめん」

「スカイビルの展望台に連れて行ってくれたんだけど――」

「展望台!」

 似合わない。激しく似合わない。

 驚いていると内田がじろりと睨みあげてくる。小さいくせに目力が妙にあって怖い。

「ああ、ごめんごめん」

「そこでね? 初めてお父さんの話をしてくれた」

 初めて? 疑問は口にしなかった。これ以上話を遮ると手が飛んできそうだからだ。普段のんびりしているせいでわかりづらいが、内田は物凄く手が早い。考えないというよりは、考えた結果最も手っ取り早い解決を図るという悪癖がある。たいてい、その後に困ったことになるのは本人だが。

 そういうところは黒沢とは正反対だ。彼はどんな馬鹿をやるときも、必ず一応の計算がある。はたで見る中原には理解ができないが。

「千佳ちゃんってお父さんの話、聞いたことある?」

「そりゃまあ付き合いは長いからねえ。足に枝が刺さったときの話とか……お化け屋敷の話とか……まあ、直接聞きなさい。私が話すより、そっちのが良いでしょう?」

「……うん」

「と、言うことで、神社にでも行こうか」

「え?」

「誠は大丈夫だと思うけど、まだ進路の決まらないバカの為にね。五円くらいは出してやらないと」

「あ、うん。行く」

 進路の心配もそうだが、と中原は歩を運びながら思惟する。デートという認識だったのかはさておき、わざわざ内田を誘うくらいなのだから、悪しからず思っているのは確かだろう。それがどうして関係が進展しないのか。

 そろそろ愛想尽かされてもおかしくないぞ。どこかで試験を受けている腐れ縁のことが気がかりだった。


          ○


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